episode53 流れ着いた舟       手習

手習てならいざっくりあらすじ

 横川よかわという所で修行している僧都がある女性を助けます。さてこの女性は果たして……。

 宇治川に身を投げたはずの浮舟、今も浮舟を想い偲ぶ薫の様子が語られます。


【超訳】手習てならい 宇治十帖

薫 27〜28歳 匂宮 28〜29歳

浮舟22〜23歳


―― 舞台は小野へ ――

 比叡山から北に少し離れた横川よかわ(現・滋賀県大津市)に横川よかわ僧都そうずという高僧がいたの。彼の年老いたお母さんの大尼君と妹の小野(現・京都市八瀬、大原あたり)の妹尼いもうとあまが長谷寺(現・奈良県桜井市)を参拝していたときに大尼君が体調を崩してしまうの。途中の宇治で休むことにして、横川よかわの僧都にも知らせるのね。すると横川よかわの僧都は驚いて宇治に来て、近くに亡くなられた朱雀院(源氏のお兄さん)の別邸があるのを思い出して大尼君をそこに移すことにするのね。


 別邸に着いてみるとどうもヘンな雰囲気なの。物の怪を祓うためにお経を読んで寝殿の裏にまわってみると木の下で若い娘がさめざめと泣いているの。

 物の怪じゃないか、狐が化けたんじゃないかって騒ぎになるんだけど、それを聞いた小野の妹尼は彼女は自分の亡くなった娘の生まれ変わりだって言い出して熱心に看病してあげるの。その娘は身なりもよくて薫香くんこうの香りがかぐわしくて気品高い印象なの。


 妹尼は娘の世話を続けて、どうしてあんなところにいたのか、何があったのか聞くんだけれど娘は何も話さないの。

「川にわたしを投げ落としてください」

 それしか言わないのよね。

 その頃宇治では八の宮の娘で右大将の薫が通っていた姫君が突然亡くなったってニュースになっているの。

「おかしな話ね。大将の君が亡くされた宇治の姫君ならお亡くなりになってもう何年にもなるし(大君のこと)、どなたのことなのかしら? 都にはご正室もいらっしゃるのに……」

 妹尼はそんな風に思うの。薫と浮舟のことは公にはなっていないから妹尼は知らないのよね。


 大尼君の体調もよくなったので、妹尼は娘も連れて小野に帰ることにするの。横川よかわの僧都も横川に戻るの。 

 妹尼は献身的に看病するんだけれど、その娘の容態はなかなかよくならないの。困った妹尼はお兄さんの横川の僧都に助けてもらおうとするの。最初に見たときも美しいと感じたけれど、本当に優れた美貌の人だなぁと思うの。横川の僧都が一晩中祈祷を行うと、彼女に憑りついていた物の怪が姿を現したの。

「自分はこの世に未練があり宇治の美しいひとたちの所に住みついた。ひとりの姫(大君)は死んでしまい、この姫も早く死にたがっていたから死なせてやろうとしたが、お前(横川の僧都)に妨害されたから退散する」

 物の怪はそう言って消えていったの。


 正気を取り戻した娘はなぜ自分がこんなところにいるのかわからないみたいなの。それでもよく思い出してみると、あの夜悲しみのあまり川に身を投げようと決めた瞬間に匂宮が自分の手を引いて抱き寄せてくれたように感じたらしいの。でもそこからの記憶がなくて、今はどうしてここにいるかわからず混乱しているみたいなの。(川には飛び込まなかったみたいね)


「尼にしてください。もう生きてはいられないんです」

 あの夜からどのくらいの月日が経ったのかわからないけれど、娘、そう浮舟は出家したいと願うの。小野の妹尼はせっかく助かった命なんだからと、出家はさせないで五戒(在家のまま受ける五つの戒)だけを受けさせてあげるの。

 元気になれば気持ちも落ち着くでしょう、そう思って妹尼は浮舟の面倒をよく見てあげるけれども、浮舟の世を儚む気持ちは変わらないみたい。


「あなたはどのようなお家の方でどうして宇治にいらしたの?」

 妹尼が尋ねるの。

「私が生きているということを誰にも知られたくないのです。誰かに知られてはとても困るのです……」

 そういって浮舟は泣くの。その様子があまりにも苦しそうだったから妹尼はもう詮索するのをやめるの。


―― 浮舟の出家 ――

~ 身を投げし 涙の川の 早き瀬に しがらみかけて たれかとどめし ~

(涙ながらにあの川に身を投げたのにいったい誰が助けてしまったの)


~ われかくて 浮き世の中に めぐるとも たれかは知らん 月の都に ~

(こうして生きていることをあの月の照らす都の人は誰も知らないわ)


 浮舟は自分の心情をぽつりぽつりと歌に詠んでいるみたいね。お母さんはどんなに悲しんでいるかしら、乳母や右近もどうしているかしら、と思い出しているみたいね。


 小野の妹尼の亡くなった娘さんには中将というお婿さんがいたの。彼の弟は横川の僧都のお弟子さんだったから中将もよく横川に来ていたの。小野は横川に行く途中にあるからよく小野の妹尼のところに立ち寄っていたのね。

 亡くなった娘さんのこと(中将にとっては奥さん)をふたりで懐かしんでいるんだけれど、尼さんばかりの山荘に似つかわしくない浮舟の姿をちらっと見ちゃうの。

 中将は横川に着くと横川の僧都に小野にいる姫(浮舟)のことを聞いてみるんだけれど、詳しいことはわからなくて、また帰りに小野に立ち寄るの。

 中将は浮舟に恋の歌を贈るんだけど、もう恋愛なんてしたくない浮舟は返歌なんてできないの。だから妹尼が代理の返事をしたの。

 その後も中将は何度も小野にでかけて浮舟を口説こうとするんだけれど、浮舟は頑として応えようとしないの。それどころかもっと出家したいって思うようになっちゃうの。


 9月になって妹尼はまた初瀬詣で(長谷寺参り)を計画するの。浮舟も誘うんだけど、彼女は断るのね。


~ はかなくて 世にふる川の 憂き瀬には たづねも行かじ 二本ふたもとの杉 ~

(儚くひっそりと過ごす私には初瀬にある二本の杉を訪ねるつもりはありません)

(私はひっそりと隠れてすごしているので、匂宮さまにも薫さまにもお会いするつもりはありません)


「あら、やっぱりお逢いになりたい方がいらっしゃるのね」

 妹尼がそう言うと浮舟ははっとして顔を赤くしてしまうの。結局妹尼たちで初瀬詣でに出かけて浮舟はお留守番をすることになったの。


 そんな妹尼の留守中にまた中将がやってくるの。お付きの人たちは浮舟と中将をくっつけようとしてくるので、逃げ場がなくなった浮舟は大尼君の寝室に隠れるの。それほどまでに浮舟は恋愛するのが怖かったのね。

 大尼君の寝室で眠れない夜を過ごしながら浮舟は我が身を振り返るの。


 お父さん(八の宮)には会ったこともなく、お母さんと遠い田舎を転々として、ようやくお姉さん(中の君)と会うことができたのにすぐに会えなくなり、薫と結婚してこれで幸せになれると思ったのに、匂宮と罪を犯してしまい、今こうしてさすらっているんだわ。

「常緑の橘に永遠の愛を誓うよ」

 匂宮の言葉にどうしてトキめいてしまったのかしらって浮舟は思うの。もう愛も恋も醒めてしまったみたい。匂宮のような激しさはなくてもいつでも優しく愛してくれた薫のことばかりが想い出されるの。

「こうして生きていることを(薫に)一番知られたくないわ」

 そんなことを考えながら夜は明けたの。


 その頃、僧がきて、横川の僧都が病気の女一の宮(匂宮のお姉さん)の祈祷のため都に行くって聞くの。そこで立ち寄った僧都に出家させてもらおうって浮舟は決心するの。夕方になって横川の僧都がやってきて浮舟の出家のことを聞くの。どんな理由があってもまだ若いし世を捨てるのはもったいないよと説得するんだけれど、浮舟の意思は固く、泣いて懇願するので横川の僧都は髪を下ろして出家させることにするの。でも髪を切る段になってあまりに見事な黒髪(当時の髪は美人の第一条件)だったのでハサミを持った手はしばらく動かせなかったんですって。


~ なきものに 身をも人をも 思ひつつ 捨ててし世をぞ さらに捨てつる ~

(死んでしまおうと自分も大切な人も捨てたのに私はまたその俗世を捨てるんだわ)


 やっと思いが聞き入れられて浮舟はホッとするんだけれど、中将はショックを隠せないみたい。初瀬詣でから帰ってきた小野の妹尼も驚いて悲嘆にくれちゃったのよね。


―― 浮舟の真実 ――

 女一の宮の病気は横川の僧都の祈祷のおかげもあって回復したの。横川の僧都は女一の宮のお母さんの明石中宮と話をしているときにふと宇治で拾った姫の話をするの。

 明石中宮さまも側に控えていた小宰相の君も、その姫はもしかして薫が宇治に匿っていた浮舟のことなんじゃないかって思うの。といってもまだ確証はないから薫には伝えられなかったんだけれどね。


 小野では大尼君の孫の紀伊守きいのかみがやってきて妹尼と話しているんだけれど、話題が薫のことなの。今は薫の家来みたいで浮舟は動揺するの。

「宇治に通っている姫君がいらしたんだけど亡くなられて(大君のこと)、今度はまたその妹(浮舟)をそこに囲っていらしたんだけど、去年の春に亡くなられたんだ。昨日もね、宇治川のほとりで薫大将さまは泣いていらっしゃるんだ。それから家の柱にこんな歌を書いたんだ」


~ 見し人は 影もとまらぬ 水の上に 落ち添ふ涙 とどせきあへず ~

(姿も残さずにあのひとが身を投げたこの川に落ちる僕の涙も止まらないんだ)


「普段態度にお出しにならないけれど、その悲しんでいらっしゃる様子は女性ならどんなに惹かれるだろうなぁって思ったんだ」


 あまり身分の高くない人にも薫は素晴らしいって思われているんだわって浮舟は思うの。妹尼は話を続けるの。


「でもお父様の光源氏の美貌には敵わないんじゃないの? それにしても源氏の一族は評判よね。まずは左大臣さま(夕霧)でしょう」


「そうですね。とてもご立派ですね。それから(源氏の孫の)兵部卿宮さまですね(匂宮)。女子だったらあの方にお仕えしたいと思うでしょうね」


 紀伊守がそう言ったの。浮舟はそれらの話を小説の中の話のように聞いていたの。

 それから薫が浮舟の一周忌を行うことになったって紀伊守が言うの。そこでその法事に必要な装束を仕立てることになって、浮舟は自分の法事の支度を手伝うというなんとも奇妙な経験をするのね。それでも薫が自分を忘れずにいてくれたことを知って嬉しく思うんだけど、もう出家してしまった尼姿を絶対に見せないようにしないとって心に誓うの。


 一周忌を終えた薫は浮舟の弟たちの任官(就職)などの面倒を見てあげているの。

 ある雨の夜に薫は明石中宮さまのもとを訪ねて宇治の話をするの。横川の僧都がしてくれた話を思い出した明石中宮さまは薫があまりに不憫なので小宰相の君にあの話をしてあげなさいと伝えるの。


 小宰相の君から話を聞いた薫の驚きようったらなかったわね。でも話におかしなところはなくてすべてのつじつまがあっているの。でも明石中宮さまが知っているっていうことは実の子の匂宮も知っているんじゃないの? って疑うの。匂宮のことだから知っているなら浮舟を取り返そうとするだろう、だったら自分はもう浮舟は死んでしまったと思ってあきらめたほうがいいんじゃないか、とも思うの。

 でも確認だけはしておこうと思って薫は明石中宮さまに聞いてみるの。すると中宮さまは匂宮のオンナ癖の悪さをよく知っているので、浮舟のことは匂宮には話していないっておっしゃるの。

 こうなったら現地に行って実際に確かめるだけよね。薫は小野に出かける予定をたてるの。浮舟の弟の小君こぎみを連れていけば浮舟も喜ぶかもしれない。でももうすでに浮舟が別の男と恋仲になっていたらどうしよう……。

 浮舟のことを想えば想うほど、薫の心は乱れに乱れるのね。



◇亡くなったと思っていた浮舟は生きていました。浮舟を亡くした悲しみがまだ癒えていない薫はそれはそれは驚いたことでしょう。また匂宮と争うことになるのか、それとも他の男がもう通っているかもしれない、そもそも本当に浮舟本人なのか……。薫は戸惑いうろたえていますね。




~ はかなくて 世にふる川の 憂き瀬には たづねも行かじ 二本ふたもとの杉 ~

浮舟がひとりごとのようにつぶやいた歌



第五十三帖 手習


☆☆☆

【別冊】源氏物語のご案内

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topics46 あはれ、あはれってさぁ……

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054881765812/episodes/1177354054887545470

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