episode45 若きエリートの苦悩    橋姫

 ◇橋姫ざっくりあらすじ

 高貴な家柄に生まれ、美しく成長し、順調に出世している薫ですが、ひとりで悩んでいることがあります。そんな煩悩から救われたいと宇治に住んでいる八の宮を訪ねるようになります。


【超訳】橋姫 宇治十帖

 薫 20~22歳 匂宮 21~23歳

 大君おおいぎみ 22~24歳 中の君 20~22歳

 冷泉院 49~51歳


 ―― 宇治の八の宮という人  ――

 そのころ皇族なんだけど世間から忘れられている宮家があったのね。八の宮と呼ばれていて源氏の弟なの。

 朱雀院(源氏の兄)のお母さんの弘徽殿大后こきでんのおおきさきが権力をふるっていたときは次期東宮候補だったんだけど、結局冷泉院が春宮になったので、八の宮自身は世間から忘れられていっちゃったの。


 八の宮には大君おおいぎみと中の君というふたりの娘がいたのね。奥さんは中の君の出産で亡くなってしまい、八の宮は出家を考えるんだけど、幼いふたりの娘を置いてはいけず、再婚もしないで娘を育てながら仏道の修業をしていたの。

 お父さんの八の宮が娘たちに直接琴や漢詩や碁を教えたの。長女の大君は賢く美しくて、二女の中の君は可憐で恥ずかしがりやさんなの。

 そんなときお屋敷が火事で焼けてしまったので宇治の山荘に引っ越すのね。都でも存在感がなかった宮家だったのに宇治なんて田舎に住むことになったのでますます忘れ去られちゃったのよね。


 宇治では阿闍梨あじゃりという僧侶が八の宮の元を訪ねて経典の講義をしていたの。

 阿闍梨は冷泉院にも経文をお教えしていたので八の宮の様子も報告していたの。出家はしていなくても俗世のしがらみを断って暮らしている様子を冷泉院の側で聞いていた薫はとても興味を持つの。世の中に興味がなく、けれども出家には踏み切れず、忙しすぎて仏道の修業もできない薫にとって八の宮のような俗聖ぞくひじりは理想としている姿だったんですって。


 ―― 薫、宇治へ ――

 理想の生き方をしている八の宮にぜひお会いしたいと薫は阿闍梨に仲介を頼むの。何回か手紙をやりとりして薫は宇治に出かけるの。会ってみると八の宮は想像以上に素晴らしい俗聖で、彼を慕って何度も宇治に通うようになるの。

 阿闍梨から聞いて想像してたよりも宇治の山荘はうらさびれていたの。山荘といっても風流で贅沢な造りのものもあるけれど、八の宮の山荘は近くの川の音や波の響きも荒々しくて夜もよく眠れないんじゃないかと思うほどなの。

「いずれ世を捨てる八の宮さまにはこの環境はいいかもしれないけれど、姫君がたはどんなお気持ちなんだろうなぁ。都の女の子たちとは違うんだろうなぁ」

 そんな風に薫は思っていたの。薫も姫君たちのことが気にならなくもないんだけれど、八の宮に仏道の教えを請うために宇治に通っているから、普通の男子みたいに女子にうつつをぬかすなんていけないって自重しているの。

 位の高い僧や学のある僧はあまりにも人間離れしているし、僧の中にも人格が低く下品な人もいるけれど、その点で八の宮は優美で教え方もわかりやすく喩えを使ってくれて薫にとってはとても親しみやすいのね。薫はどんどん八の宮を慕うようになって、公務で忙しくて宇治に行けないときは八の宮のことを恋しがるほどだったの。

 薫が心から八の宮を尊敬しているから冷泉院も八の宮に手紙を書いたり、お見舞いの品物なども届けるの。薫も経済的援助をしていて、そんな宇治通いも3年が過ぎたの。


―― 大君と中の君の合奏 ――

 秋になって久々に時間ができた薫は少人数のお供だけを連れて宇治に行くの。山荘のそばまで行くと琵琶の音が聴こえるの。それもとても美しい演奏なの。ときどきは十三弦の琴の音もしてくるの。薫が山荘にいるときは恥ずかしがって演奏してくれない大君と中の君が演奏していたのよ。

 薫はバレないようにこっそりと演奏を聴こうとするの。月の美しい夜なので簾を巻き上げているところに姫君たちが見えるの。


「扇じゃなくてコレ(琵琶を演奏するばち)で月を呼んでもいいわね」

 そう言う姫君はとっても可憐で可愛らしいの。

「夕日を呼び戻すばちは聞いたことあるけれど、月なんて変わったことを思いつくわね」

 こちらの姫君はとても美しく優雅な様子なの。

 そんなふうに楽しそうに過ごしている姫君たちは薫の想像とは違ってとても美しかったの。

 物語ではいつも都合よく美女が登場するのを不自然だなって思っていた薫なんだけど、こんな風に思ってもいないところで美しい人との出会いがあったから心の動揺がおさまらないの。


 けれども「お客様がお越しです」と告げられてしまって、彼女たちは演奏をとりやめてしまうの。薫は姫君たちの部屋の前に通されるんだけど、段取りよく仕切ってくれる女房がいなくて困ってしまうの。八の宮は山に修行に行っていて留守なのね。

「ここにしか通してもらえないのかな。やましい気持ちはないんだけどな」

 薫はまじめに話すんだけど、こんなシチュエーションに慣れていないので女房も姫君の代わりに答えることができないの。

「どうしたらいいのか、なにもわからないんです」

 消え入りそうな小さいけれど品のいい声が聞こえてきたの。

「思いつきで遊びに来たんじゃないよ、そこら辺の男子みたいな色恋目的じゃないんだよ、今までだって真面目に通ってたでしょ、でもできたら友達として話し相手になってもらえないかな」

 薫は長々と語りかけるけれど、大君は返事ができないの。そこに弁の君という年老いた女房が出てきて薫の相手をするの。


 弁の君は若い女房たちの非礼を謝ってきちんと御簾内に席を設けて薫を案内するの。すると急に弁の君が泣きだすの。どうしたのか薫が尋ねると、彼女は亡くなった柏木の乳母の娘だっていうの。そして彼女は柏木から臨終のときに聞いた遺言をいつか薫に話さなくてはいけないって思っていたって言うの。

 薫はぜひ聞きたいって言うんだけど、弁の君はまた日を改めてってその日は話してくれなかったの。


 ―― 大君と初めての和歌のやりとり ――

 夜が明けてきて弁の君と話し終えた薫はまた姫君たちに話しかけるの。


~ 朝ぼらけ 家路も見えず 尋ねこし まきの尾山は 霧こめてけり ~

(夜が明けるけれど霧が立ちこめていて帰り道がわからないんだ=帰りたくないな)


 川霧を眺めている薫の優雅な姿にみんなうっとりしちゃうんだけれど、どうやって返事したらいいかまたみんな戸惑っちゃうのね。それで大君が控えめにこんな歌を詠んだの。


~ 雲のゐ《い》る 峰のかけぢを 秋霧の いとど隔つる 頃にもあるかな ~

(雲のかかっている山に霧まで立ちこめているからわたしたちの間にはもっと隔たりができてしまうわね)


 薫はまたこんな歌を詠むの。


~ 橋姫の 心を汲みて 高瀬さす さをの雫に 袖ぞ濡れぬる ~

(姫君たちが寂しく暮らしているかと思うと泣けてくるよ)

 

 寂しい景色ばかりでツライよね、ホントは華やかにくらしたいよね? と薫は同情しているみたい。


~ さしかへる 宇治の川長かはをさ 朝夕の 雫や袖を くたしはつらん ~

(もうずっとこうして暮らしているもの。泣きすぎて涙をふく袖が朽ちてしまうほどなの)


 自分自身が浮かぶんじゃないかってほどの涙を流してきたわ、そんな風に大君は薫に伝えたの。

 薫はまだ帰りたくなかったんだけれど、心を残しながら都に戻ったの。


 ―― 薫が知る真実 ――

 薫は都に戻ったんだけど、弁の君の話が気になって仕方ないの。それに素敵な姫君のことも気にかかっていたの。

 そういえば匂宮は運命の出逢いに憧れていたっけなぁなんて思いながら宇治の姫君たちのことを少し大げさに盛って話をするの。案の定匂宮は飛びついてきたの。

「月明かりがほのかだったけれど、見間違いじゃなかったらとてもキレイだったよ。理想の女性だと思う」

 今まで本気で恋したことがない薫がそんな風に言うんなら間違いなくいいオンナだって匂宮は確信するの。

 匂宮はもう少し詳しく調べるようにな、って薫に言ったの。


 10月になって宇治に行った薫を八の宮が迎えたの。夜通し経典の話をしたあとで、この前姫君たちの演奏を聴いたことを話してもう一度聴かせて欲しいとお願いするの。けれども姫君たちは恥ずかしがって演奏してくれないので薫は残念がるの。

 人付き合いに慣れていない姫君たちのことを八の宮も心配しているんだけど、薫も結婚というカタチではなくても身内だと思ってお世話しますと話して八の宮を安心させてあげたの。


 明け方になってから薫は弁の君と会って柏木の話を聞くの。このことを知っているのは弁の君と小侍従だけだったんだけど、小侍従はもう亡くなっているの。

 他人事としても将来有望な若者が亡くなったことを気の毒だと思っていたのに、その柏木のことがまさか自分に関わっているなんて、しかもこの真実を知ったのが宇治だなんて運命のめぐりあわせに薫は涙を流すの。


 弁の君は薫に布袋に入った手紙を渡すの。それは余命いくばくもない柏木が女三宮に書いた手紙だったのね。


 ~ 目の前に この世をそむく 君よりも よそに別るる たまぞ悲しき ~

(世を捨てて尼になってしまったあなたのことよりも、あなたに逢えないで死んでいく僕の魂のほうが悲しいんだ)


 ~ 命あらば それとも見まし 人知れず 岩根にとめし 松の生ひすえ ~

(命さえあれば陰ながらにも我が子の成長を誰にも知られずに見守ることができたのに)


 動かぬ証拠に薫は落ち込んで出仕する気にもなれないの。でもお母さんの女三宮に話すわけにもいかなくてひとりで悩むしかなかったみたいね。




◇薫が出生の真実を知りました。と同時に出家を求めて宇治の八の宮のもとに通っていましたが、ふたりの姫君との「運命的な」出逢いも果たしたみたいですね。



 ~ 命あらば それとも見まし 人知れず 岩根にとめし 松の生ひすえ ~

 柏木が死の直前に女三宮に贈った歌



 第四十五帖 橋姫


 ☆☆☆

【別冊】源氏物語のご案内

 関連するトピックスがあります。よかったらご覧になってくださいね。


 topics38 ウジウジ薫宇治へゆく

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881765812/episodes/1177354054886923831

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る