第二部 幾重にも広がる恋の水紋

episode34-1 それは水紋のように  若菜上

 ◇若菜上(1)ざっくりあらすじ

 源氏の兄の朱雀院は出家をしようとしますが、遺していく子供たちが心配です。中でも後ろ盾のない女三宮が気がかりで誰かに嫁がせようと考えます。悩んだ結果、源氏に縁談を持ちかけ、源氏もそれを受け入れ正室として六条院に迎え入れます。

 自他共に「源氏の最愛の人」と思っていた紫の上はこの縁談で絶望を味わいます。



【超訳】若菜上(一)

 源氏 39〜40歳 紫の上 31〜32歳

 女三宮おんなさんのみや 13〜14歳 

 明石の御方 30〜31歳 明石女御 11〜12歳

 夕霧 18〜19歳 柏木 23〜24歳



 ―― 朱雀院の悩み  ――

 六条院へ行幸なさった後、源氏の兄の朱雀院の体調が悪くなってしまうの。それで出家の準備を始めるんだけど、遺される子供達のことが気がかりなのね。朱雀院には東宮(皇太子)の他に内親王(娘)が4人いるんだけど、特に後ろ盾のない女三宮おんなさんのみやが心配なのね。年は13歳。

 女三宮のお母さんは亡くなった女院(藤壺の宮)の異母妹にあたるの。そのお母さんが亡くなっているのでお父さんまで出家してしまうと誰もいなくなっちゃうのね。


 どうやら朱雀院が出家するらしいってウワサを聞いた貴族たちが院のところへお見舞いに行くの。夕霧も源氏の使いで来ているのね。二十歳少し前の夕霧はとても美しい顔立ちで、朱雀院はなんとなく女三宮と結婚してくれないかなって探ってみるの。けれども、たとえ一夫多妻制だとしても、やっとの想いで初恋の雲居の雁と結婚したばかりなので夕霧はそんなこと考えられないのね。


 その昔、幼い紫の上を引き取って貴婦人に育てた源氏みたいに少女の女三宮を育て上げてくれる男子はいないかと朱雀院はいろいろと考えるの。そこで女三宮の乳母に相談してみるの。すると夕霧は新婚で真面目だから縁談には応じてくれないだろうって分析するの。それなら父親の源氏の方がオンナ好きでいまだに恋愛体質だから夕霧よりは可能性があるんじゃないかって提案するのよね。


 乳母は六条院にツテのある兄にも相談するの。するとその人は、今の源氏の奥さまや愛人は身分的にはそう高くない人達ばかりで皇族出身の方はいらっしゃらないから、もし女三宮と結婚したら(身分的に)お似合いの夫婦になるんじゃないかって話をするの。

 朱雀院も誰と結婚させるのが一番幸せか考えるの。院や源氏の弟の蛍兵部卿宮は風流だけれど少し頼りない。太政大臣(元頭中将)の息子の柏木が結婚相手に立候補してくれているけれど、皇女の女三宮には柏木の身分が低い。


 夕霧も朱雀院が悩んでいるのを知っているけれど、雲居の雁を悲しませることになるし、やっぱり女三宮との縁談は受け入れられないなって思うの。

 そんなこんなで、やっぱりここは源氏しかいないなって朱雀院は考えるみたい。


 源氏もそのウワサは聞いていたのね。けれども朱雀院と大して年齢も変わらないから、朱雀院が亡くなられたあと自分だってそんなに長生きはできないだろうから女三宮を見守れないし、いまさら紫の上を本妻の立場から追いやりたくないの。(身分的には女三宮の方が紫の上より高いから、結婚となると女三宮が正室となってしまうから)

 それなのに、女三宮があの憧れの女院さまと血の繋がりのある人(女院の姪)だからってちょっと気にしだすのよね。


 ―― 女三宮の裳着と朱雀院の出家 ――

 そして年の暮れに女三宮の裳着もぎ(女の子の成人式)が盛大に行われて3日後に朱雀院は出家して仏門に入られたの。源氏はお見舞いに行ったときに女三宮の話が出て、なんと結婚を引き受けてしまうの。夕霧は真面目だけれどまだ位が高くなくて姫宮さまの補佐はムリだろうから自分がお世話しますって言っちゃうのよ。


 結婚を承諾したものの、源氏は今までの紫の上との生活も変わってしまうからどうしようかと思い悩むの。

 朱雀院が女三宮のことを心配していることは紫の上も知っていたんだけど、あんなに恋してた朝顔の君とも結婚しなかったので、今になって源氏がそんな話を受けるわけはないわって信じてたみたい。そんな紫の上の様子を見ていると源氏はなんとも心苦しいの。

 紫の上に対する愛は少しも変わらないけれど、きっとその愛までも疑われるんだろうなと源氏は動揺するの。ふたりのあいだには何一つ隠し事がない夫婦だったからこの縁談の話をしないのも源氏は苦痛だったんだけど、とりあえずその夜は言わずに眠ったの。


 次の日に源氏は紫の上にそのことを打ち明けるんだけど、紫の上の反応が淡々としているの。


「親御様としてはご心配ですものね。女三宮さまとは従姉妹同士ですから仲良くしていただけるかしら?」

「あまりに理解がありすぎて気味悪いね」


 いつもならやきもちを焼いたりして自分の気持ちを正直に表す紫の上だったからその反応リアクションは源氏には意外なのね。いろいろと悪く言うヤツもいるだろうけれど、気にしなくていいからね、と紫の上に言い聞かせるの。


 けれども紫の上は内心ものすごく絶望したの。今はすっかり幸せに浸っていて安心しきっていたのに、これからどんな屈辱を味あわなければならないの? って落ち込むの。

 それでも決まったことは覆せないし、自分のことを嫌っている実家の式部卿宮の正室なんかはきっと面白がるだろうけど、表面上だけは平静でいようと紫の上は心に決めるの。



 ―― 源氏の40歳誕生イベント ――

 年が明けると、玉鬘が髭黒の連れ子や自分の産んだ子供たちを連れて源氏の40歳のお祝いにやってくるの。趣味のよいプレゼントを用意して、派手ではないけれど心にのこるお祝いをしてあげる玉鬘。彼女はますます綺麗になって立派な左大将夫人になっているの。


 ~ 若葉さす 野辺の小松を ひきつれて もとの岩根を 祈る今日かな ~

(若葉のような子供達を連れて、今日は育ててくださったお父さまのお祝いにまいりましたわ)


 ~ 小松原 末のよはひに 引かれてや 野辺の若菜も 年をつむべき ~

(長生きにあやかって子供達も成長するだろうね)


 源氏も本当に40歳? って聞きたくなるほど若く見えてあいかわらず素敵なんですって。

 髭黒の左大将や太政大臣などもやってきて、そのまま大勢での華やかな管弦の宴になったみたいね。特に太政大臣の息子の柏木の和琴が素晴らしかったんですって。


 夜が更けて玉鬘が帰って行くの。昔は恋しく想った玉鬘がせっかく会えたのにすぐに帰っちゃうのが源氏はちょっと物足りないみたい。

 一方の玉鬘は、実の父親の太政大臣に対しては肉親として思っているけれど、源氏が注いでくれた特別な愛情に対しては年が経つと懐かしいみたい。今の境遇にいられるのも源氏のおかげだわと、とても深く感謝しているんですって。 



 ―― そして、女三宮降嫁 ――

 2月になって女三宮が六条院にお嫁に来たの。皇族の方のお嫁入りだからものすごく豪華なの。六条院の春の御殿にも女三宮用の対屋たいのや(屋敷)が用意されるの。紫の上は平静を装いながら姫宮のお部屋の支度を手伝うので、なんてデキた人なんだと源氏は感激しているのよね。

 女三宮は幼くて本当に子供のようだったの。二条院に連れてきたときの少女だった紫の上と比べても、女三宮の子どもっぽさが目立って頼りない新しい正室に源氏はがっかりするの。


 紫の上は新婦の部屋へ通う源氏の身支度をしてあげるの。

「なんでこんなこと引き受けたんだろ。今さら新しい妻なんて必要なかった。惚れっぽい俺の性格のせいだ」

 源氏は今頃この結婚のことを後悔して涙ぐむの。


 ~ 目に近く うつれば変はる 世の中を 行く末遠く 頼みけるかな ~

(人と人の関係なんて変わっていくのに、どうしていつまでも変わらないなんて信じてたのかしら)


 源氏を信じ切っていた紫の上は絶望の歌を詠むの。源氏の心にもこの歌はぐさりと刺さるのね。


 ~ 命こそ 絶ゆとも絶えめ 定めなき 世の常ならぬ 中の契りを ~

(命はいつか終わってしまうけれど、俺たちの仲は永遠に変わらないんだよ)


 そんな歌を詠って、ぐずぐずしている源氏は女三宮のところに出かけようとしないの。それを紫の上が急かすんだけど、そんな様子だってもちろん平気そうには見えなかったわね。


 今までにも新しい奥さんを迎えるのかもって心配したことはあったけれど、源氏もなんやかんやと思いとどまってきたし、これからは順調に幸せが続いていくって紫の上は信じていたのよね。そんなときに起きた今回の件だったの。永遠に続くものなんてないんだわ、これからどんな運命が待っているのかしら、って落ち込むの。

 周りの女房達は困ったことになったと騒ぐのよ。今までの他の奥さんや愛人たちは紫の上のことを「源氏の最愛の奥さま」と認めていて遠慮もしてくれたけれど、女三宮は(身分が高いから)そうはいかないんじゃないかって皆は言うのよね。


 紫の上はそんなことをいっちゃダメよとみんなに注意をするの。紫の上にしてみれば同情されるなんてうっとおしいし、本心を見透かされたくないから帳台寝室に入るの。

 ひとりになると、源氏が須磨に行ってしまっていたころのことを思い出すの。眠りにつけない紫の上は近くに控えている女房達にバレないように身動きもしないで夜を過ごすの。


 そんな風に紫の上が苦しんでいるのが伝わったのか、源氏は女三宮のところで紫の上の夢を見るの。次の日夜明けとともに源氏は急いで紫の上のところに帰ってくるの。すると紫の上は涙で濡れた袖を隠そうとしていて、源氏はグッときちゃうのよ。


―― 幼い女三宮 ――

 初めて会った女三宮は可愛らしいんだけど、ただの幼い少女だったのね。だから紫の上がますます素晴らしく思えて源氏は必死で彼女のご機嫌をとろうとするのよ。

 三晩続けて通わないといけない結婚の儀式なのに、源氏は紫の上のところから離れようとしないのね。でも紫の上はまるで自分が女三宮のところへ行けないように引き留めていると周囲に誤解されたくないから、源氏が側にいるのにも困っているの。

 そこへ女三宮から和歌が届くんだけど、なんだかすごく子供っぽいのね。

「キミは何も心配しないで、安心していていいんだからね」

 源氏は紫の上にそう言い聞かせるの。


 女三宮は身体つきや話の内容や趣味も本当に子供のままで、趣味の良い朱雀院がなんでこんな風に娘を育てたんだ? と源氏も首をかしげるの。

 そしてこうなると、源氏はたった一晩離れていても恋しくなる紫の上の魅力に気づかされるの。逢いたくてたまらない、ますます愛おしい。皮肉なことに源氏の紫の上への愛情は深まるばかりなのよね。


 姫宮のことが心配な朱雀院は紫の上に手紙を出すのね。

「未熟な娘をどうかよろしくお願いします」

 そんな内容の手紙に紫の上は恐縮しちゃうの。けれども源氏もきちんとお返事を書くようにと言うので、紫の上は心をこめてお返事をしたのね。するとそのお手紙があまりにも素晴らしいので、こんなカンペキな奥さんが側にいるんじゃ幼稚な姫宮がますます心配だって朱雀院のお悩みも深まるばかりのようなのよね。




 ◇夕霧や明石女御が結婚して自身も出世を極めた源氏は、悠々自適のセカンドライフを送るつもりでした。そこに降ってわいた縁談。この女三宮降嫁という出来事が物語の第二部で大きく源氏の人生に影響していきます。一滴の滴が水紋のようにひろがっていきます。



 ~ 目に近く うつれば変はる 世の中を 行く末遠く 頼みけるかな ~

 紫の上が嘆いた歌


 ~ 命こそ 絶ゆとも絶えめ 定めなき 世の常ならぬ 中の契りを ~

 源氏が紫の上に贈った歌



 第三十四帖 若菜上(一)


 ※今まで源氏物語の一帖を3000字程度にまとめて1エピソードとして構成してきましたが、この第三十四帖の【若菜上】はかなりボリュームがあり、今後のカギとなるエピソードが多数登場するので三つに分けます。




 ☆☆☆

【別冊】源氏物語のご案内

 関連するトピックスがあります。よかったらご覧になってくださいね。


 topics24 タメイキの第二部開幕……

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881765812/episodes/1177354054885569220

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