episode40 消えゆく紫の露      御法

 ◇御法みのりざっくりあらすじ

 出家を許してもらえない紫の上は法要を催すことを思いつきます。その法要の機会に紫の上はそれとなく明石の御方や花散里に別れを告げます。

 最後の春と夏を過ごして巡ってきた秋に紫の上は明石の中宮に看取られて息を引き取ります。



【超訳】御法

 源氏 51歳 紫の上 43歳

 夕霧 30歳

 明石の御方 42歳 

 明石中宮 23歳 匂宮 5歳



 ―― 最後の春 ――

 紫の上は一命はとりとめたけれど病状はよくならないの。目に見えて弱々しくなっていく紫の上に源氏も心を痛めるの。源氏は紫の上に先立たれたらどうやって生きて行けばいいのかって悲嘆にくれているのよね。そんな源氏を見ていると、思い残すことはないと思っている紫の上も自分がいなくなったら源氏がどんなに悲しむんだろうって心を痛めるのよ。出家したいとう願いは源氏が許してくれず、かといって勝手な行動もとりたくないので、紫の上はせめて大好きな二条院(最初に源氏に連れてこられたお屋敷)で法要だけでも催し、法華経の経文を奉納することにするのよね。


 紫の上は法要の段取りや指示をテキパキとこなすから、この人は仏事にまで秀でていたのかと、なんて素晴らしい女性なんだろうと源氏は惚れ惚れするの。源氏は饗応(来賓のおもてなし)のことを少し手伝ったくらいで、奉納する舞や音楽のことは夕霧がお手伝いを名乗り出るの。

 宮中でも東宮(明石女御の子なので紫の上の孫)や秋好中宮や明石女御がお供え物をくださり、紫の上が大勢の人に慕われているから、個人的な法要なんだけど大がかりなものになってくるみたいね。

 奉納する経巻を見て「よっぽどの念願だったんだな」と源氏が思うの。長い時間をかけて準備していた紫の上につくづく感心するのよね。


 二条院で行われる法要には花散里や明石の御方も来てくれるの。

 時は三月で爛漫の春。お天気もうららかな暖かい日。

 紫の上は匂宮にお使いを頼んで、和歌を明石の御方に送るの。


 ~ 惜しからぬ この身ながらも 限りとて たきぎ尽きなん ことの悲しさ ~

(惜しくもない命だけれど、これであなたとお別れするのはつらいわ)


 明石の御方はもっと長生きしてほしいと返歌するの。


 ~ 薪こる 思ひは今日を 初めにして この世に願ふ のりぞはるけき ~

(今日の法要で奉納される御法みのり(経典)と同じようにあなたさまのことも千年祈り続けられるでしょう)


 朝焼けの霞のあいだからいろいろな花の色が見えて、紫の上の心を春に引き留めようと花も鳥も絢爛の美を競うようなんですって。

 そんな中で「陵王りょうおう」の舞も衣装も風情もただただ美しかったの。


 法要が終わって帰ろうとする花散里にもこの世のお別れをしておこうと紫の上は歌を送るのね。


 ~ 絶えぬべき 御法みのりながらぞ 頼まるる 世々にと結ぶ 中の契りを ~

(これが最後だと思いますが、来世でもあなたとのご縁がまたありますように)


 ~ 結びおく 契りは絶えじ おほかたの 残り少なき 御法みのりなりとも ~

(この世の時間は私こそ短いかもしれませんがあなたとのご縁はいつまでも絶えませんよ)


 花散里にも来世でまた逢いましょうと歌を送り、花散里もお互い長くはないけれどご縁はいつまでも絶えないわと歌を詠んだの。



 ―― 最後の夏 ――

 夏の暑さが紫の上を苦しめて、どんどん衰弱していって気を失うこともあるの。中宮になった明石の女御が二条院に里下がり帰省してきて紫の上を見舞うの。明石の御方も一緒みたいね。中宮の子供たち(紫の上にとっては孫)の大きくなる姿が見たかったわといって紫の上が泣くんだけど、そのお顔もとても美しいの。それとなく自分の死んだあとのことを言い残す紫の上に明石中宮は涙を流すのよね。

 紫の上は可愛がっている匂宮におうのみや(中宮の三男)とも話をするの。


「わたしがいなくなったらおばあちゃまを思い出してくださる?」

「おばあちゃまのことがいちばんだいすきなんだよ。いなくなったらかなしくなっちゃうよ」


 紫の上は匂宮に大人になったら二条院に住んで庭の紅梅と桜の季節は眺めて、時々は仏様にもお供えをしてね、と言い残すの。匂宮は泣き顔を見られまいとその場を立ち去ってしまうの。紫の上は手元で育てた女一の宮と匂宮の成長を見届けられないことをとても悲しく思ったのよね。


 ―― 最後の秋 ――

 夏が過ぎると今度は朝夕の冷えが紫の上にはつらくなってくるの。明石中宮はまだ二条院にいるんだけど、紫の上は弱り切っていて中宮のところまでも会いに行けないの。(中宮は身分が高いから本当は紫の上が中宮の所に参上しなければならないの)御所からは早く戻ってくるように催促されているんだけれど、紫の上が心配な中宮は御所には戻らずに自分から紫の上の部屋までお見舞いに行くの。


 明石中宮が見る紫の上は痩せてしまってはいるけれど、やっぱり上品で優美なのね。よく美しさを花に喩えるんだけど、紫の上の美しさと同じくらいのものが地上にないほどなんですって。

 起き上がって中宮と話をしている紫の上を見た源氏はそれだけで喜んで涙を流すの。ほんの少し気分がいいだけでこれだけ喜んでくれる源氏が自分が死んだらどんなに悲しむのかと思うと紫の上は切なくなってくるの。


 ~ おくと見る ほどぞはかなき ともすれば 風に乱るる 萩の上露 ~

(少し起き上がれたけれど何かの拍子で風に吹き飛ばされそうな萩の上の露みたいなわたしだわ)


 ~ ややもせば 消えを争ふ 露の世に おくれ先きだつ 程へずもがな ~

(人の命なんて消えていく露みたいなもんだよね。俺も遅れたり先だったりしないでキミと一緒に消えたいよ)


 そんな歌を返しながら源氏は涙を隠そうともしないの。

 紫の上と源氏の哀しい歌のやりとりを聞いて明石中宮も歌を詠まれるの。


 ~ 秋風に しばし留まらぬ 露の世を たれか草葉の 上とのみ見ん ~

秋風に吹かれて散ってしまう露弱っていかれるお母さまのことを他人事のように見ていられませんわ)


「どうやったら千年一緒にいられるんだろうな……」

 叶えられない望みだってわかっているけれど、源氏は悲しみにくれているの。


 すると急に紫の上は具合が悪くなり明石中宮が手を取るの。容体が急変したので僧侶たちが呼び寄せられるの。前にも一度呼吸が止まったときに息を吹き返しているので一晩中祈祷が行われるんだけど、紫の上は明石中宮に看取られてそのまま息を引き取ってしまったの。


 ―― 呆然自失 ――

 皆が悲しみにくれる中、夕霧も駆けつけるの。紫の上に付き添っている源氏は出家の願いを叶えてやれなかったと悔やんでいるの。

 今からでも紫の上の髪を切って尼にしてやりたいって源氏は言うんだけど、髪を切った紫の上の姿に源氏の悲しみが増えるだけだからしなくてもいいんじゃないかと夕霧は引き留めるのね。

 いつかの台風のときに偶然見た紫の上にずっと憧れていた夕霧は最後にもう一度顔を見たいと几帳をめくって紫の上のそばに来るの。以前よりも美しい紫の上の死に顔に源氏も夕霧も涙を流したの。源氏も夕霧が紫の上の顔を見てももう咎めないのね。


「生きているときとこんなにも変わらないのに……」


 見れば見るほど欠点のない美貌で、夕霧は自分の心が紫の上のご遺体にとどまっちゃうんじゃないかと思ってしまうほどなんですって。


 源氏はなんとか葬儀の手配をしたんだけど、本葬のときはひとりで歩けないほどに焦燥しきっているの。まるで空の上を歩いているような気持ちなんですって。身体を支えてもらいながら葬送に参列する源氏の姿に人々は涙を流すの。

 夕霧の母親の葵の上を送ったときは月の形まで覚えているんだけど、今日は目を開けていても暗闇にいるような気持ちの源氏みたいなの。


―― 夕霧の悲しみ ――

 夕霧は葬儀後も二条院で源氏に付き添いながら、紫の上のことを偲んでいるの。あの台風の日に見かけたことや最後の姿を見たことを思い返しているの。


 ~ いにしへの 秋の夕べの 恋しきに 今はと見えし 明けれの夢 ~

(昔お見かけした秋の夕暮れを恋しがっているのに、ご臨終のお顔を見てしまったなんて夢のようです)


 源氏は明けても暮れても涙がちに過ごすの。もうこの世に未練はないけれど、これほど心を乱していては出家しても勤行もできないと思っているの。


―― 源氏を心配する人びと ――

 前太政大臣(元頭中将)からもお見舞いの手紙が届くの。


~ いにしへの 秋さへ今の ここちして れにし袖に 露ぞ置き添ふ ~

(紫の上さまが亡くなられた悲しみに加えて妹(葵の上)を亡くした悲しみまで重なるようだね)


 前太政大臣の妹で源氏の最初の正室だった葵の上(夕霧のお母さん)が亡くなったのも秋だったからそのことを思い出して源氏を思いやってくれるの。


~ 露けさは 昔今とも 思ほえず おほかた秋の 世こそつらけれ ~

(ただ秋だから泣けてくるんだよ。昔も今もね)


 源氏は紫の上を失った辛さを正直に打ち明けると女々しいと思われるのがイヤだったみたいね。


 秋好中宮からも手紙が送られてきてみんな源氏のことを心配しているのよね。


~ 枯れはつる 野べをうしとや 亡き人の 秋に心を とどめざりけん ~

(紫の上さまは枯れ果てた野がお嫌いで秋をお好きになれなかったのでしょうか)


 秋好中宮と紫の上がした「春と秋、どっちが素晴らしいか対決」を踏まえての歌のようね。


~ 昇りにし 雲井ながらも 返り見よ われ飽きはてぬ 常ならぬ世に ~

(中宮という高い身分になられても忘れないでください。わたしはもうこの世に飽きてしまいました)


 千年も一緒に過ごしたいと願った最愛の紫の上。何をしてもどこにいても紫の上を失った悲しみや寂しさは薄れることはなくて、ただただ月日だけが過ぎ去っていくの。

 紫の上の法事などは源氏のかわりに夕霧が仕切るの。明石の中宮も紫の上のことを忘れる時がないほどに恋い慕っているみたいね。

 


 ◇最愛の人、紫の上が旅立ってしまいました。弱っていく紫の上を見守りながら悲しむ源氏。そして亡くなってしまった紫の上を想う源氏。歎き悲しみ悲嘆にくれる源氏が描かれていますね。



 ~ いにしへの 秋の夕べの 恋しきに 今はと見えし 明けれの夢 ~

 夕霧が紫の上を想って詠んだ歌


 第四十帖 御法


 ☆☆☆

【別冊】源氏物語のご案内

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 topics34 紫の思慮、紫の主張

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881765812/episodes/1177354054883841761

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