topics34 紫の思慮、光の後悔

 第40帖 御法(【超訳】源氏物語episode40 消えゆく紫の露)に寄せて


 紫式部センセイの一番想い入れの深いキャラが紫の上だと何かの解説書で読みました。だから彼女は「紫」式部と呼ばれるようになったと。


 幼いころに源氏に見いだされてカレの理想どおりに育てられ妻となり愛された紫の上。美しく優しく教養もあって趣味もよく、と理想の女性として『あさきゆめみし』でも描かれています。確かに源氏に愛されました。源氏が一番愛した人は紫の上でしょう。


 でも。

 でもですよ。


 小さい頃に好きな人に似ているからって強引に家に連れてこられて、優しいお兄さんだと思っていたらいきなりツマにされちゃって、それでも好きになってみれば他所よそで恋人やら愛人やらごっそり作られ、謹慎だからキミを連れては行けないんだよと置いていかれた明石でもカノジョも子供も作られちゃって……。晩年にも源氏が若い姫宮を正室に迎えたことで裏切られ、もう出家したいって願うんだけど、その願いも源氏に認めてもらえず、そのまま亡くなってしまう彼女。

 何の恨みがあってこんなに試練に耐えなければならないの。

 想いが成就しなかった悲恋ではないけれど、ツライ恋だったなぁとワタシは思うのです。


 まだ足らないんかいっ! ってくらい次から次へと女性を求めた源氏に対して紫の上は「源氏一択」の恋でした。というか、恋もしていないかも。この時代のスタンダードである文のやりとりをして想いを募らせてお互いが出会うという恋のステップを踏んでいないのです。


 たまーに通ってくる源氏と付き合っている恋人サンたちよりは一緒にいる時間もずっと長いし、源氏の想いも誰よりも深いとは思うけれど、より深く愛されているから「だったらどうして他の人のことも愛するの?」って思うわよね?

 いくら一番はキミだからね(^_-)-☆なんて言われたって、出かけていくんでしょ? 他所にも。


 そして源氏と女三宮との結婚で紫の上は絶望を味わいます。今までもさんざん浮気には悩まされたけれど、今頃になって若い姫宮を正室に迎えた。オマケに独り身になった元カノとまで復縁。わたしってなんなのかしら? 何をされても認めないといけないの? もうオンナとしての俗世を離れて尼になりたいわ。

 対して源氏は幼い女三宮と比べるとなにもかもが素晴らしい紫の上をさらに寵愛します。皮肉ですよね。紫の上の気持ちは源氏から離れていこうとしているのに。


 結局源氏は紫の上の望んだ出家も許さず自分の元から離しません。

 紫の上が病に倒れてしまってからは献身的に看病します。


 お願いだから側にいて。紫の上の心が離れて行かないように、病魔が紫の上をむしばまわないように、必死で付き添います。

 少し具合がいいだけで、起き上がっているだけでうれし涙を流す源氏。そんな源氏の姿を見ていると、心優しい紫の上は自分がいなくなったらどんなに嘆くのかしらと源氏のことを想います。


「キミがいなくなるなんて考えられない」

「わたしがいなくなったあとのあなたが心配だわ」

 ひたすら自分の気持ちを強調する源氏にひたすら相手を思いやる紫の上。


「どうやったら千年一緒にいられるんだろう」

 源氏はできるはずのないことまで願いますが、「そのとき」は突然訪れます。

 紫の上が消えゆこうとしています。ここで紫の上の手をとるのは源氏ではなくて明石中宮でした。臨終の間際、源氏が何か言っているのか、どんなリアクションをしているのか描写がないんです。紫の上も何を想って亡くなっていくのか書かれていないのです。

 千年もともに過ごしたい愛する妻が死んでいくシーンです。そこは源氏の胸に抱かれて息をひきとる場面を思い浮かべませんか? それがまさかの明石中宮に看取られる臨終シーンです。(源氏もその場にはいますけれどね)


 なんだか式部センセイの思惑を勘ぐらずにはいられません。

 もちろん源氏は紫の上を抱きしめたかったでしょう。どうしてわざわざ明石中宮が紫の上を見舞っている場面で亡くなる展開にしたのでしょう。

 源氏と紫の上がふたりきりで別れを惜しみながら、愛してる、誰よりもキミを愛してる、生まれ変わってもめぐり逢おう、また愛しあおうだなんて誓いながら、ふたりも涙、読み手も涙の臨終シーンというベタな展開にはなりませんでした。

 式部センセイの伝えたいメッセージがこのシーンに込められているのかなぁと思います。そしてセンセイは源氏に壮絶な悲しみを与えます。


 紫の上が亡くなってから彼女をいかに愛していたかを源氏は思い知ります。

 決して藤壺の宮さまの身代わりじゃなかったんだと。

 彼女自身を心から愛していたんだと。

 彼女を亡くしてから季節が移ろっても、何を見ても何を聞いても彼女のことばかり想い出して和歌を詠みます。それはそれはうだうだと。みっともないほどにぐだぐだと。


 あほだねぇぇぇ。おバカさん。

 どうして彼女が生きている間にそれに気づかなかったんだ。どうしてその気持ちを彼女に言葉や態度で示してあげなかったんだ。アホ――ッ! ばかぁ!! 


 どれだけ彼女が傷ついていたか考えたことはなかった?

 あんなに一緒にいたのに。

 一緒にいすぎて見えてなかった? 

 優しくしてくれるからって甘えてたでしょ?

 本当に大切なものは失くしてから気づくとは言うけれど。


 数多く登場するキャラの中で一番幸せになってほしいと願った彼女。

 そうでなかったからこそ幸せでいてほしかった彼女。


 何をもって幸せと思うかは人それぞれ違うのだろうけれど。

 彼女が何を想って逝ったのかはわからないけれど。

 彼女には幸せに瞼を閉じてほしかった。


 ワタシが妄想するにきっと彼女は最後まで彼を想っていたと思うんです。

「そばにいてくれてありがとう」

「悲しませてしまってごめんなさいね」

 結局自分のことよりも相手のことを想いやっていたんじゃないかな、と。


 源氏のバカたれ。


 最愛の人を最幸にはしてあげられなかったのよ。


 



 


 源氏って女性を幸せにするんじゃなくて、女性に幸せにしてほしい人なんだとつくづく思う。

 



 ☆【超訳】源氏物語のご案内

 関連するエピソードはこちら。よかったらご覧になってくださいね。


 episode40 消えゆく紫の露   御法

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881684388/episodes/1177354054885617940

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