topics35 キミがいない世界
第41帖 幻(【超訳】源氏物語episode41 思慕、痛恨、後悔、懺悔)に寄せて
最愛の人、紫の上が第四十帖【御法】で逝ってしまいました。その紫の上を亡くしたあとの源氏の1年間の様子が第四十一帖【幻】で語られます。ひたすら、ただひたすらに紫の上を想い、偲び、慕い、嘆きます。季節が移ろっても、何をしていても、思い出すのは紫の上のことばかり。この巻は紫の上のことを想う源氏の和歌が多数登場するので、今回は和歌に特化して書いていきますね。
―― キミなき春 ――
~ わが宿は 花もてはやす 人もなし 何にか春の 訪ねきつらん ~
(この花を好きだった人はもういないのに、どうして春はやってくるんだよ)
「わたしは春が好きよ」
そう言った彼女のために源氏は春の御殿を建て、春の庭を造りました。花が咲いた、いい香りだと春を愛でてくれた愛しい人はもういません。
―― 雪の日の懺悔 ――
~ 憂き世には 雪消えなむと 思ひつつ 思ひの外に なほぞほどふる ~
(こんなツラいこの世から消えてしまいたいのにまだ生きているんだよ)
雪の降る夜にかつての雪の日のことを源氏は思い出します。朝顔の君にプロポーズしたものの断られて帰ってきた日も雪の日で、
女三宮と結婚した日、急いで夜明けに紫の上のところに戻ってきたときも雪の日でした。
他の女子との恋愛沙汰や結婚で紫の上を傷つけてばかりいました。深く傷ついているのにそれを気づかせまいと健気に振舞ういじらしい彼女でした。
―― キミなき二月 ――
~ 植
(植えて眺めた人がいないのに、鶯は何も知らずにやってきて鳴いているんだな)
おばあちゃまである紫の上から二条院の紅梅の木をもらった匂宮が今年の梅の花を愛でます。匂宮と紫の上の話(紅梅と桜を大切にしてね)を聞いた源氏はまたじわじわと悲しみにくれます。
―― キミなき三月 ――
~ 今はとて 荒しや果てむ 亡き人の 心とどめし 春の垣根を ~
(出家することになったら荒れてしまうんだろうか。貴女が愛したこの春の庭も)
お屋敷の中はまだ喪服の女房たちや喪服でなくても地味目の装いの人たちばかりで、自分も華やかな
~ 泣く泣くも 帰りにしかな 仮の世は いづくもつひの とこよならぬに ~
(泣きながら帰ったんだ。この世はどこも
明石の御方を訪ねて、紫の上がいなくて寂しいと愚痴をこぼす源氏。明石の御方と恋に落ちたことでも紫の上を傷つけました。けれども紫の上は我が子でない明石の姫君を引き取り、愛し慈しみ育て、明石の御方とも友情を深めました。あんなにデキた女性は他にいないとまた紫の上を恋い慕います。
―― キミなき四月 ――
~ 羽衣の 薄きに変はる 今日よりは 空蝉の世ぞ いとど悲しき ~
(羽衣みたいに薄い着物になる今日からは俺の想いもまた儚く哀しいよ)
衣替えの衣装を整えるのは妻の役目です。おそらく今までは紫の上が源氏の衣装を用意していたでしょう。今年は紫の上の代わりに花散里が用意をして衣装を届けました。
「今までは紫の上さまが用意なさっていたことだものね。また思い出しちゃうわね」
心優しい花散里の気遣いが胸を打つけれど、やっぱり恋しいのは紫の上です。
―― キミなき五月 ――
~ 亡き人を 偲ぶる宵の 村雨に 濡れてや来つる 山ほととぎす ~
(山ほととぎす、お前もあの人を想って今夜の雨に濡れてやってきてくれたのか)
五月雨の降る夜、様子を見に来てくれた夕霧とふたりで紫の上を偲びます。ほととぎすはあの世とこの世を行き来する鳥とされていたんですって。そのほととぎすに紫の上のことを想って語りかけます。
―― キミなき六月 ――
~ つれづれと わが鳴き暮らす 夏の日を かことがましき 虫の声かな ~
(何もすることがなくて涙とともに送る夏の日だけど、俺の真似をするように虫も鳴いているんだな)
~ 夜を知る 蛍を見ても 悲しきは 時ぞともなき 思ひなりけり ~
(夜だけ光る蛍を見ても悲しいのは、俺の想いは昼も夜もいつだって変わらないからなんだよ)
夏の蜩の鳴き声を聞いても、蛍の光を見ても、想うのは紫の上のことばかりです。
―― キミなき七夕 ――
~ 七夕の 逢う瀬は雲の よそに見て 別れの庭に 露ぞおきそふ ~
(七夕の伝説は雲の上の話だと思っていたけれど、あのふたりの別れの朝も俺たちの別れも泣けてくるよな)
七夕の伝説の織姫と彦星が別れる朝と自分たちの別れを重ね合わせてまたもや源氏はツラさを味わいます。
―― キミなき八月 ――
〜 人恋ふる わが身も末に なりゆけど 残り多かる 涙なりけり 〜
(キミを恋慕う俺の命は残り少ないけれど、キミを想う涙はまだ残り多いんだ)
紫の上の一周忌を迎えました。月日が経っても悲しみは薄れるどころか尽きることがないようです。
―― キミなき九月 ――
〜 もろともに おきゐし菊の 朝露も ひとり
(ふたりで長生きを祈った菊なのにひとりきりの袂が秋の朝露に濡れるよ)
九月には長寿を願う重陽の節句があります。ふたりで長寿を願ったのにその人はもう隣にいません。
―― キミなき十月 ――
~ 大空を かよふ幻 夢にだに 見えこぬ
(大空を飛んでいる幻術士よ、夢でも逢えないあの人の魂の行先を探してほしい)
秋の時雨にますます悲しく寂しくなってしまう源氏。空を並んで渡る雁を見てもうらやましいんですって。
―― キミなき十一月 ――
~ 宮人は 豊の明りに いそぐ
(宮人が豊明の祭りに夢中になっている今日だけど、俺はこうして日かげで暮らしているよ)
宮中では新嘗祭や大嘗祭などの行事が行われるけれど、もはや源氏にとっては興味がありません。
―― キミなき十二月 ――
~ 死出の山 超えにし人を 慕ふとて 跡を見つつも なほまどふかな ~
(死出の山を超えてしまった人を恋い慕って後を行こうとするけれど、そのキミの跡を見てもやっぱり悲しみにくれるんだ)
紫の上が送ってくれた手紙を読み返して源氏はまた悲しみに暮れます。しかもその手紙はあの須磨まで届けられた手紙でした。
「どんなに離れていてもあなたとわたしは繋がっているわ」
「会えなくて寂しいけれど帰ってくるのを待っているわ」
そんな手紙に源氏の涙が落ちて文字の上を流れます。
~ かきつめて 見るもかひなし 藻塩草 同じ雲居の 煙とをなれ ~
(キミからの手紙は眺めるのももう虚しいんだ。もうキミと同じ煙になってくれ)
あのときは京と須磨での離れた状況だったけれど、今はあの世とこの世というもっと離れてしまった状態で、紫の上の語ってくれている言葉がより源氏の心に刺さるようですね。
すべての手紙を燃やして彼女と同じ煙にしてしまいます。
―― キミなき年末 ――
~ 春までの 命も知らず 雪のうちに 色づく梅を 今日かざしてむ ~
(春まで生きているかどうかわからないから、色づいている梅の花を
~ 物
(物思いしながら月日を過ごしてしまったが、今年も俺の人生も今日で終わるんだ)
紫の上を亡くしたのが秋。彼女を見送ったあとの冬からの約1年間でした。例年通り季節が巡っても、年間の行事を行っても、愛しいあの人だけが側にいません。
「俺に落とせない女子なんていなくね?」
藤壺の宮への想いを他の恋で埋め合わせようとしていた源氏くん
「俺はいつだって本気だぜ?」
誰かれなく「運命の出逢い」を持ち出し口説いた源氏くん
「俺が求めているものは何なんだろう」
愛に彷徨い愛を求め続けた「愛の放浪者」源氏くん
「俺は(紫の上に)なんてヒドイことを……」
ずっと寄り添っていてくれた彼女の大切さ、有難さを痛感する源氏くん
最後は「後悔先に立たず」、嘆き悲しむ源氏くん
愛はすぐそばにあったのに。
ずっとその愛に包まれていたのに。
手元で育てた大切な愛。
慈しみ、護り、愛した貴女。
失くしてから気づく想い。
壮絶な悲しみ。
紫の上さま
愛を信じきれず、望みもあきらめて旅立った貴女だけれど、これほどに憂い、嘆き、哀しむ源氏の君を知ることがあったなら……、
無償の愛で彼を包み込むのでしょうね。
ううん、この姿を知ることがなくとも。
貴女は彼を愛しました。
裏切られ
傷つけられることもあったのに
それでも彼を許し
彼を護り
彼に添い
彼を慈しみました
それこそが
無償の愛
でしたね
☆【超訳】源氏物語のご案内
関連するエピソードはこちら。よかったらご覧になってくださいね。
episode41 思慕、痛恨、後悔、懺悔
https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054881684388/episodes/1177354054883064407
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