episode9 オンナのオンネン       葵

◇葵ざっくりあらすじ

 源氏の正室の葵の上と恋人の六条御息所の家来同士が乱闘騒ぎを起こします。ただでさえ嫉妬深い御息所は葵の上を呪うようになり、葵の上は源氏の子を出産した直後に亡くなってしまいます。

 一方で紫の君と正式に結婚し、彼女は紫の上と呼ばれるようになります。



【超訳】葵

源氏 22~23歳 紫の上 14歳~15歳

藤壺中宮 27~28歳 六条御息所 29~30歳

葵の上 26歳 夕霧 1~2歳



―― 六条御息所とのカンケイ ――

 源氏のお父さんの桐壺帝が引退して、東宮(皇太子)だった源氏のお兄さんが朱雀帝すざくていとして即位したの。藤壺中宮の産んだ若宮(源氏との罪の子)が新しい東宮になったのね。新東宮はまだ幼いから源氏が新東宮の後見人に指名されたのよ。

 桐壺帝(帝を引退したのでこれからは桐壺院)は藤壺中宮と隠居して普通の夫婦のように暮らし始めたの。弘徽殿女御はそこへは行かずに息子の朱雀帝のいる宮中にばかりいたみたいね。

 帝が変わったのでさまざまな配置転換や人事異動があったみたい。その中に未婚の女の子が務める斎院という役職があるのね。それは神社でのお務めなんだけど、伊勢神宮の斎院に六条御息所の娘が選ばれたの。


 桐壺院は息子の源氏が六条御息所と付き合っていることも最近はあまり通っていないことも知っていたので、

「私の弟(六条御息所の亡くなった夫)が愛した人なんだから敬意を持って付き合いなさい。身分の低い女性と同じ扱いというのはよくないよ」

 と源氏にお小言を言ったみたい。

 源氏はそんな忠告を受けて、以前よりは御息所のことを大事にしようとはするけれど、正式な結婚をしようとは考えていなかったの。

 六条御息所は源氏がちっとも通ってきてくれないし、それでいて一時は付き合っていたという噂は知られて、「源氏の愛人の」なんていう風にみんなに思われているのも恥ずかしく、娘と一緒に伊勢に行ってしまおうかなって考えはじめたの。


―― 朝顔の姫君という人 ――

 こんな噂が広まっている中、桐壺院の弟である桃園式部卿宮ももぞのしきぶのきょうのみやの娘の朝顔の姫君は自分だけはそんな辛い目には遭いたくないと源氏からのアプローチをかわし続けたの。いとこ同士の朝顔の姫君をずいぶん源氏は口説いたんだけど、結局恋人にはならずに手紙のやり取りだけの関係を続けたの。


―― 葵の上の妊娠 ――

 そんな頃、正室の葵の上が妊娠したの。自分の子どもを、ようやく堂々と自分の子どもと言える子どもを身ごもってくれた葵の上のことを源氏はとても大切にして、夫婦仲もよくなってきたようなの。妊娠して体調のよくない葵の上に付き添い、神仏にもお参りをして、大勢いる愛人のところには通わなくなったみたいね。


―― 祭での乱闘騒ぎ ――

 京で大きなお祭りが開かれることになり、華やかな行列が街を練り歩き、源氏もその行列に参加することになったの。みんなその盛大なお祭りの見物に行きたがったの。光る源氏大将げんじのたいしょうが行列に出るというので女子達は大騒ぎ。


 葵の上は妊娠していて具合がよくなかったんだけど、母親が

「気分転換にお祭りに行っていらっしゃい」

 と言うし、仕えている女房たちもお祭りを見たがっているのでしぶしぶ出かけることにしたの。

 ゆっくり出かけて行ったから、もう行列を眺める特等席は埋まっていたのね。高貴な方達は牛車ぎっしゃの中から下ろした御簾ごしに眺めるの。だから牛車を行列のよく見えるところに停めたいのよ。そうしたら葵の上の家来が自分たちは源氏大将の正室だからと特等席にいた人達のあいだに割り込もうとしたの。そこに見るからに高貴な人が乗っていそうな牛車が停まっていて、その牛車もどかそうとしたんだけど、その牛車の家来たちも、こちらは身分の高い女性が乗っているからどかないともめ始めたの。


 その牛車に乗っていたのが六条御息所だったのね。こっそりと誰にも知られずに源氏カレを眺めようと来ていたのに、家来が騒ぐからみんなにバレちゃったの。葵の上の家来と六条御息所の家来で乱闘になってしまい、御息所の牛車の一部が破損してしまったの。

「正室と愛人の争い」なんて冷やかされて、恥ずかしくて、御息所はもう帰りたいと言うんだけど、もう混みあっていて今さら帰ることもできなかったの。


 そんな中行列がやってきて、源氏大将も見えてきたの。華やかな光源氏にみんなウットリ。馬に乗っている源氏も葵の上の牛車には気づいてきちんと挨拶をしたの。けれども六条御息所の牛車には気づかずに通り過ぎたのね。葵の上が正室で自分は数多くいる愛人のひとりにすぎないと六条御息所はつくづく思い知ったの。


 翌日になって葵の上と御息所の家来の乱闘騒ぎを聞いた源氏は御息所が傷ついただろうとお見舞いに行くんだけど、会ってはもらえなかったの。


 また別の日に源氏は紫の君と同じ牛車に乗ってお祭り見物に出かけようとするの。


~ はかりなき 千尋の底の 海松房みるぶさの ひ行く末は われのみぞ見ん ~

(海のように深い愛を誓うよ。キミの将来は俺だけが見届けるからね)

 紫の君の髪を梳いてあげながら源氏はそんな歌を彼女に贈るの。


~ 千尋とも いかでか知らん 定めなく 満ち干る潮の のどけからぬに ~

(海だなんて言われてもそれじゃ愛が満ちたり干いたりするみたいであてにならないわ)

 紫の君が返した歌が源氏には可愛らしく思えたみたいね。


 昨日はお祭りの主役だった源氏が今日はプライベートで来ているから、一緒にいる女性デートの相手はいったい誰なの? って噂になったみたいよ。紫の君もずいぶんと成長して綺麗で素敵な女性になっていたの。


―― 六条御息所の生霊 ――

 お祭りの騒動後、六条御息所の心境はフクザツなの。源氏をフッて娘と一緒に伊勢に行ってしまうのは心残りだし、だからといって京に残って「源氏に捨てられた元アイジン」なんて思われるのもプライドが許さないし、あのお祭りの日に源氏に気づいてもらえなかったシカトされたのも我慢ならなかったのね。源氏も「伊勢になんか行くな」って強く引き留めるわけではなかったの。

「俺を見捨てちゃうわけ? 今までみたいな結婚はしないけど付き合うカンジでいいじゃん」

 そんな状況の時に起きてしまったお祭りでの葵の上との騒動だったのね。 

 

 妊娠中の葵の上はとても具合が悪かったの。その頃信じられていたお祓いなどをしてもらうんだけど、ちっともよくならない。ものすごい怨念の霊のせいだと言われ、それは御息所なんじゃないかって噂になってしまい、また御息所は傷ついてしまうの。

 それでも御息所はときどきふっと魂が身体を離れて、葵の上の髪を引っ張ったり彼女を苦しめている感覚がどうやらあったみたいなのよね。

 未練を残して死んでしまった者が霊になることはよく聞くことだけれど、生きているのに霊となって他人を苦しめているなんてそれだけ源氏への想いが強すぎるってことだから源氏への愛を断ってしまわないとって御息所は思うの。けれども本人の意思では生霊になることをとめることはできないのよね。


―― 夕霧の誕生と葵の上の死 ――

 とうとう葵の上のお産が始まるけれど、やっぱりひどく苦しんでいるから僧たちが祈祷を続けているの。源氏とふたりきりになると葵の上の様子がヘンなの。

「苦しいから祈祷をやめさせて」

 葵の上の身体に六条御息所が乗り移っているの。

「あなたは誰? 名前を言って」

 見た目も六条の御息所にそっくりになってくるの。源氏は恐ろしくなっちゃうの。御息所が生霊になっているというウワサは本当だったのね。


 それでもなんとか葵の上は男の子を出産したの。源氏は夕霧と名付け、産後の葵の上を看病していたんだけど、源氏が仕事に行っているあいだに容体が急変して葵の上は亡くなってしまったの。

 ずいぶんと長い間冷めた関係の夫婦だったんだけど、妊娠、出産を機にこれからは仲良くしていこうと源氏も葵の上も思っていたから、彼女が亡くなったことに源氏はひどく落ち込んだの。


~ のぼりぬる けぶりはそれと わかねども なべて雲居の あはれなるかな ~

(空に昇っていったあなたの煙がどの雲かはわからないけれど、どんな雲を見ても落ち込んでしまうんだ)


 自分の子どもを産んでくれて、これからは大切にしていこうと心に誓ったばかりの葵の上を亡くしてしまい、源氏は悲しみの中で和歌を詠んだのね。


 しばらくして源氏は出産のときに見てしまった六条御息所の生霊のことを御息所に文で知らせたの。

 御息所も源氏に知られてしまったことで、娘と一緒に京を離れて伊勢に行くことにするの。


―― 頭中将と葵の上を偲ぶ ――

 源氏の良きライバルであり親友の頭中将にとっては葵の上は妹だったので、ふたりでお酒を飲みながら葵の上のことを話したみたい。

 元々、親同士(桐壺帝と左大臣)の指図での政略結婚だったから源氏が妹をそんなには愛していないと思っていたのに、妹が亡くなってからの源氏の落ち込みようは頭中将にとっては意外だったみたいね。


―― 紫の上との結婚 ――

 葵の上のこともあり、しばらく左大臣家にいた源氏だったのだけれど、葵の上は亡くなってしまい、息子の夕霧の世話を左大臣家に任せて久しぶりに自宅の二条院に帰ったの。

 するとしばらく会わないうちに紫の君が大人びて成長していたの。正室の葵の上が亡くなったこともきちんと理解していて、落ち込んでいる源氏を気遣ってあげたの。


 それからしばらくして源氏と紫の君が結ばれたの。きちんと当時の決め事どおりに結婚準備をしたので、周りの女房たちはそれを喜んだのだけれど、紫の君にとってはカラダの関係を結ぶということは恐ろしい出来事だったみたいなの。今まで優しかったお兄さんのような源氏が急にコワイ男の人に見えたかもしれないわね。

 結婚するからには正式にと考えた源氏は今までだまっていた紫の君の父である兵部卿宮ひょうぶのきょうのみやにも挨拶をして、裳着もぎ(女の子の成人式)に招待して、大々的に彼女との結婚をアピールしたの。紫の君は紫の上と呼ばれるようになったわ。


 その頃朧月夜の君は源氏のことを想っていたの。父の右大臣は正室も亡くなったことだし、源氏と結婚させてもいいかなと思い始めたんだけど、姉の弘徽殿女御は断固反対。予定どおり自分の息子の朱雀帝と結婚させようと話を進めていたらしいわ。源氏も朧月夜のことは好きだから朱雀帝との結婚は残念な気もしたんだけれど、紫の上と結婚したばかりだしそろそろ自分も落ち着かないとな、って朧月夜カノジョのことはなりゆきにまかせたの。


 夕霧はすくすくと育っているんだけど、やっぱり顔立ちは東宮さま(藤壺の宮と源氏の子)とよく似ていたみたい。ま、当然といえば当然、なんだけどね。

「こんなに似てるんじゃあのことがバレちゃうんじゃ……」

 源氏は心配でならないみたいよ。




◇有名な六条御息所と葵の上の家来同士の車争い乱闘騒ぎの巻ですね。それまでも御息所は嫉妬深かったけれど、今度はこの騒ぎを受けて葵の上を呪うようになるのよね。生霊になるくらい源氏に堕ちていたのね。

 自分の方が年上でそんなイマドキの若いお坊ちゃんになんてわたくしは興味ありませんのよ、なんて最初は思っていたかもしれないけれど、付き合っていくうちに自分の方が深く愛しちゃったのね。そうして自分でも制御ができないほど源氏の愛する人を恨み始めるのよね。生霊なんて滅多にないこと。コワイ。コワイ。コワイけれど、その原因を作ったのはそう、光る君、アナタです。

 葵の上もようやく源氏とわかりあえたと思ったのに。恋を知らない気高いお姫さまがようやく愛を感じたのに。愛しい子供も産んだのに。なんともお気の毒。



~ のぼりぬる けぶりはそれと わかねども なべて雲居の あはれなるかな ~

源氏宰相大将が亡き葵の上に贈った歌



第9帖 葵



 追記:今でも毎年5月15日に京都で葵祭が行われます。

 今エピソードにも登場した葵祭です。源氏が使者として登場し、葵の上と六条御息所の家来同士が乱闘騒ぎを起こしました。

 今日まで続いている歴史ある祭祀。このお祭りを紫式部も見物したのかと思うと感慨深いですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る