topics5 だから言わんこっちゃない

 第10帖 賢木(【超訳】源氏物語 episode10 別れ、別れ、それから密会)に寄せて


 生霊になっちゃうほど源氏を愛して彼の周りの女性を呪ってしまった六条御息所は、源氏と別れて斎宮という役職につく娘と一緒に伊勢へと旅立とうとするの。

 もう源氏の君は昔のようには自分を愛してはくれないし、自分だってこれ以上誰かを呪い殺したくない。”源氏の愛人のひとり”なんて不名誉な噂もたてられたくない。そんな決心だったのかもしれないわね。


 そうなるとヤツは焦るのよ。

「え? マジ? 時々は会いに行ってたじゃん。付き合ってるじゃん、俺ら。いわゆるオトナなカンケ―でいいんじゃねぇの?」

 なんて言ったかもしれないわよね。


 自分が放っておいたくせに捨てられるとなると捨てないでと慌てる源氏。なんとか引き留められないかと御息所に会いに行くの。

 六条御息所はもう別れるって決心をしていたので、前のように恋人を出迎える形式ではなく、普通のお客様を迎えるようにしたの。直接顔を合わさないし、声もかけない。女房が代わりに挨拶をするだけのね。


 それでもなんだかんだと御息所の御簾みすの前までやってきてさかきの枝を下から差し入れてこう言うの。(普通のお客様はこんなことしません)

「常緑の榊の木のように変わらない心でここまで来たのに、どうしてあなたはそんなに冷たいの?」

(十帖タイトルの賢木さかきの由縁はこのシーンからだそうです)


 自分が今までそっけなくしていたくせに、しれーっとこんなセリフが言えちゃうのが源氏の君ブランドよね。


~ 神垣かみがきは しるしの杉も なきものを いかにまがへて 折れる榊ぞ ~

(わたくしがここにいるなんて目印もないのにどうしてそんなもの(色が変わらないもの)を間違えて持ってきたのかしらね?)


 御息所の歌。変わらない心だなんてよくも言えたわね、榊の木なんて何持ってきちゃってるの? って言いたかったのかも。


~ 少女子おとめごが あたりと思へば 榊葉の をなつかしみ とめてこそ折れ ~

(斎宮となられるあなたのお嬢さんがいらっしゃるからね。だから懐かしくなって逢いに来たんだけど)


 源氏の君の歌。いつの間にか上半身だけ御簾の中に入り込んでいる源氏。こんな風にやりとりをしているとふたりとも愛し合っていた頃のことを思い出したらしいの。和歌のやりとりなんかをしていると源氏もやっぱりこの人のことが好きだったんだって思ったのですって。そしてふたりは朝まで一緒に過ごすの。


~ 暁の 別れはいつも 露けきを こは世にしらぬ 秋の空かな ~

(明け方の別れはいつも泣けるけれど、今朝は一番泣ける秋の空だよね)


 夜が明けてきて帰らないといけない時間だけれど、源氏は別れがたくてこんな歌を詠んで涙を流したんですって。


~ 大方おほかたの 秋の別れも 悲しきに 鳴くな添へそ 野辺の松虫 ~

(ただでさえ秋の別れは悲しいのに、松の虫ったらこれ以上悲しませないで)


 御息所の歌。夜が明けていく空、そこにまだ残っている月。その月の光を受けている源氏の姿を想って物思いに沈んだのですって。


 この日から後朝きぬぎぬの文(夜を一緒に過ごした人に贈る歌)などマメに手紙を送ったみたいね。それも自分の気持ちを大げさに書いたんですって。もう役所も動いていて、御息所の伊勢行きは取り消せないんだけどね。


 とうとう出発の日、


~ ふりすてて 今日は行くとも 鈴鹿川 八十瀬やそせの波に 袖は濡れじや ~

(俺を捨てて行っちゃうけど、鈴鹿川を渡るときに泣いちゃったりしませんか?)


 自分の家の近くを通る彼女にこんな歌を贈ったの。すると翌日、御息所からお返事が届くの。


~ 鈴鹿川 八十瀬の波に 濡れ濡れず 伊勢までたれか 思ひおこせん ~

(鈴鹿でわたくしが泣いたかどうかなんて、一体誰が思い出すんでしょうね)


 そう言い残して御息所は伊勢へと移られるの。


~ 行くかたを ながめもやらん この秋は 逢坂山を 霧な隔てそ ~

(あなたが行ってしまった方を眺めているよ。(逢いたい人に逢うという)逢坂山を霧で隠したりするなよな)


 そんな歌を詠って六条御息所を想っていたみたい。



 だからさぁ。

 だったらさぁ。

 そんなに手放したくなかったんだったら。


 もっと大事にしてあげればよかったんでしょ。

 大事だよ、愛しているよって言ってあげればよかったんでしょ。

 言葉でも、態度でも。


 どうしても付き合いたいって何度も通って必死で口説いたんでしょうよ。


 そうするべき人があなたには多すぎるからこんな目にも遭うのよ。

 好きよ、好き、好きって追われているうちは気分よくなっておいて、

 もう駄目ね、おしまいにしましょと言われると

「ちょ、待ってよ。俺も好きだから。ほんとだってば」

 ってねぇ……。子供か。キミは。




☆【超訳】源氏物語のご案内

関連するエピソードはこちら。よかったらご覧になってくださいね。


episode10 別れ、別れ、それから密会 賢木

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881684388/episodes/1177354054882479187

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る