第13話 オバケの研究
今日の僕は、思いがけない人と思いがけないところに来ている。
『陽向先生』と『遊園地』という、あり得ない組み合わせだ。
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我が校には伝統行事『夏の校内キャンプ』なるものがある。三年生だけの特別行事だ。
「これから受験を迎える彼らに夏休みの思い出を」と十年ほど前に企画され、それがそのまま毎年恒例の行事として定着してしまったらしい。
これがまた好評で、自由参加にもかかわらず毎年出席率100%というから凄い。
内容は大したことはないのだ。
いつも通りの時刻に登校し、午前中2時間ほど勉強して、みんなでお昼ご飯(カレー)を作って食べ、午後から二時間ほど勉強してあとは遊び放題。
夕食はみんなで協力してバーベキュー。毎年校長先生が人数分のアイスを自腹で仕入れて来てくれてみんなに配る。これがまた好評。
夜は校庭の真ん中でキャンプファイヤーを囲んでかくし芸大会、ここでみんなの思いがけない特技が飛び出すんだ。
そして夜のお楽しみ。『深夜の校内探検』と称して、校舎を使ったお化け屋敷。
実はこれが目当てで来ている生徒がほとんど。男女がペアになって一組ずつ校内の決められたルートを回る。勿論オバケは先生の役目だ。
去年なんか僕は立ってるだけで驚かれた。そりゃそうだろう、理科室の前に人体模型君と骨格標本君がいて、「ああ、なんだ標本か」と安心したところに白衣の僕がぬっと出てくるんだから。
去年は『Best of オバケ』の称号まで貰った。『校内一の運動音痴』も然り、あまりカッコイイ称号は貰えないようだ。
この行事の下準備として、バーベキュー委員長やらキャンプファイヤー委員長などが先生方の間で決められるんだけれど、今年は初めての三年生の担任なので、ちょっと僕も本気を出して『深夜の校内探検』委員長に立候補したのだ。
そしてもう一人の『深夜の校内探検』委員は陽向先生。
「私も三年生の担任は初めてですから、本気出します!」と大張り切り。
放課後に二人で、校内の歩くルートやオバケの配置なんかを本気で討論。職員室も席が隣だから、暇さえあればお化け屋敷の打ち合わせ。
そして、徹底して調べるのが大好きな僕と彼女が集まると、当然の成り行きで『お化け屋敷の研究』に行きついてしまう。
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ここは地元の遊園地。
陽向先生がICレコーダをしっかり握りしめて、やや緊張した面持ちで僕を見上げている。
「葉月先生、覚悟はいいですかっ?」
「はい、メモの準備は完璧です。陽向先生は実況中継しながらですね」
「ええ、暗闇だとメモが取れないかもしれませんから」
「そうですね。殆ど陽向先生にお任せすることになってしまうかもしれません。では行きましょうか」
僕がお化け屋敷に入っていくと、陽向先生も後ろからついて来る。
「ああ、やっぱり暗いですね。メモは取れそうにない。陽向先生、実況ナレーションお願いします」
「はい」
「入っていきなり順路が曲がるというのはアリですね。角から何かが出そうだ」
「……そうですね」
なんだかいつもより口数が少ないぞ。
「陽向先生、実況を」
「あ、はい」
どんどん進む。ああ、これは素晴らしい。
「陽向先生、ここ、わざと狭くしてますね。二人並んでは通れない場所を作っているようです。こういうところに何かを仕掛けておくと……」
「きゃあああああああああ!」
はい?
「葉月先生、後ろ!」
ああ、僕の後ろか。やっぱり仕掛けの為に狭くしてあったんだな。
「ススキはまだ生えていないので別のもので代用しないといけませんね。あの、聞いてますか?」
いつまでしがみついているんだろう? 聞いてるのかな、僕の話。
「進みますよ」
「は、は、はい」
「あの、陽向先生。歩けないんですが」
「す、すみませんっ!」
陽向先生、慌てて手を離したけれど大丈夫かな? 本当に『深夜の校内探検』委員できるのかな?
「天井が低くなってますね。何か仕掛けがありそうです」
「やめてください、もう!」
「え?」
と言った瞬間、ミストがシュワーっと。
「きゃあああああああ!」
いや、これ、ただの霧ですから。
「ミストも作れますね。霧吹きで十分です。あの……ちゃんと録音してください」
「すみません!」
「進みましょう」
「はい」
「あの、しがみついていると歩けないので」
「す、すみませんっ!」
普通に怖がっているらしい。この人にお化け屋敷の研究は任せられない、僕がちゃんと見ておこう。霧吹きは家庭科準備室にあったな。
「お、おく、奥の方がっ、広い場所がっ、ありますっ。何でしょうかっ」
突然実況を始めた。仕事を思い出したようだ。くすくす。
「これは棺桶ですね。ドラキュラなんかが寝ている奴です」
「に、日本のものっ、と、違って、変形六角形のっ、ような、形……えっ、きゃああああああああ!」
「棺桶の蓋が開いて中から人形が出てくるのは定番中の定番ですよ、陽向先生」
「もうダメです! 無理っ!」
「は?」
なんだか泣きそうになっているようにも見えるけれど、大丈夫かな?
「あ、いえっ、なんでもありません! 研究です! 棺桶からフランケンです」
「ドラキュラですよ」
「はいっ、ドラキュラですっ!」
「あの……進めないので」
「ごっ、ごめんなさい」
キョロキョロとネタを探しながら歩くけれども、真っ暗なのでよく判らない。
「棺桶はやめてロッカーにしましょうか。掃除用具入れなら細身の先生が入れそうですね」
なんだかもうずっと僕の腕に絡まったまま歩いてるけれど、きっと陽向先生は気づいてないんだろうな。まあいいか。
「昔、僕が父と一緒に行ったお化け屋敷では、コンニャクを頬にペタッと付けられましてね、心臓が飛び出るほど驚きました。あれ、やりましょうか」
「葉月先生、なんで笑っていられるんですか……」
「だって、作り物じゃないですか。僕たちも作るんですよ?」
「頭では分かってますけど、それとこれとは……きゃああああああ!」
**
「もう、喉が渇いちゃって」
「それはそうでしょう、あれだけ悲鳴を上げ続けていたら」
「もう……笑わないでください、本当に怖かったんですから」
やっとこさっとこお化け屋敷を研究(陽向先生は脱出)して、外のベンチでアイスティーを飲んでいたら、陽向先生がハッとしたように僕を見たんだ。
「葉月先生のそのシャツ、このストールと同じ色」
そう、彼女は今日、誕生日にプレゼントしたタンポポ染めのストールを巻いて来て、僕は偶然、一緒に染めたシャツを着て来たんだ。
「ええ、同じ日にまとめて染めたんです。今まで気づいてなかったんですか?」
「お化け屋敷で緊張していて、それどころではなくて」
そんなに緊張しなくても……。
「じゃあ、私たち、ずっとお揃いだったのかしら」
「そうですよ」
ふと、陽向先生が飲んでいたアイスティーを持ち上げた。
「同じ色」
「そうですね」
この柔らかいミルクティ色は、陽向先生によく似合う。
恥ずかしそうに視線を上げた陽向先生と目が合って、僕はそのはにかんだような笑顔にちょっとだけ心拍数が上がってしまった。
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後日。
お化け屋敷の実況を録音した筈のICレコーダを確認して、苦笑いしてしまった。
陽向先生の悲鳴ばかりで殆ど記録されていなかったのは言うまでもない。
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