第10話 草木染め

 僕の趣味の一つに「草木染め」がある。

 まあ最近では草木に限らず、コーヒーや紅茶の出涸らしなんかでも作るのだけれど。

 今まで染に使ってみた植物たちは数知れず。

 まずは台所出身の代表選手。

 綺麗なレモン色になる人参の葉、驚くほど色鮮やかな紫が自慢の茄子の皮、くすんだ色合いが美しいブルーグレイの葡萄の皮、美味しそうな飴色の玉ねぎの皮。

 そして庭出身の植物たち。

 モスグリーンに染まるアップルミント、優しい黄色のドクダミ、抹茶のようなヨモギ、まばゆい黄色はマリーゴールド、淡いブルーが爽やかなアサガオ。

 本日のターゲットは台所でも庭でもない。

 田んぼの畦道にたくさん生えているタンポポ。


 まずは下準備が大切なのだ!

 綿素材は色が染まりにくい。色は蛋白質と結びつくから、染める布に蛋白質を染み込ませておく必要がある。

 ここで登場するのが、いつも実験で使われている衣装ケース。

 僕の衣装ケースは服が入っていた時間よりも実験に使われている時間の方が長い。

 今日はここで布を豆乳に投入! ……ちょっと苦しいか。

 10分ほど浸したら良く絞って干しておく、ここまでを前の晩にやっておく必要がある。乾いてからでないとちゃんと染まってくれないんだ。

 そして手ぬぐいとシャツとストールとハンカチが、今か今かと出番を待っている。


 さあ、今日はいい天気だ。大きなビニール袋を持っていざ出陣。

 ありました、ありました。狙ったポイントにたくさんのタンポポ。

 今日もお願いしなくては。

 田んぼの神様、タンポポの花を分けてください。

 折角咲いている花を取るのは少々気が引けるけれど、君たちにはきっと僕の素敵なシャツになって貰うからね。

 タンポポの花を萼の部分からポンポンと摘んで、袋に入れていく。たくさん咲いているからあっという間に袋はいっぱい。


 家に帰りつくと、真っ先に大鍋にお湯を沸かし、その間に収穫したタンポポを綺麗に洗う。たまにテントウムシが紛れ込んでいたりするので要注意。茹でてしまったら可哀想だからね。

 鍋にお湯が沸いたところでタンポポの出番。煮る。ひたすら煮込む。

 30分ほどかかるので、その間に手ぬぐいとハンカチを糸で縛って、絞り柄を付けておこう。ストールとシャツは柄無しでいいかな。


 煮込んだタンポポ、いい感じに色が出てきたらザルで濾して染液の出来上がり。

 ここに手ぬぐいたちを入れて漬け込む。

 うーん、漬けている時間が長いな、この間に定着液を作ってしまおう。

 定着液は染め色が落ちないように布に定着させるための必需品。

 だけどこれがまた簡単にできるんだ。

 必要なのはお湯とミョウバンだけ。一般家庭にあるかどうかはわからないけれど、我が家では常備品の一つだ。

 お湯を沸かしてミョウバンを溶かし、またまた大活躍の衣装ケースに入れておく。

 あとはコーヒーでも飲んで一息入れよう。


 1時間後。

 タンポポの染液から出して来た手ぬぐいたちをミョウバンの衣装ケースに移動。ここでしっかりタンポポの色に定着して貰う。

「綺麗な色に染まれ~」と念じつつ、またここで30分放置。

 さて、どんな色に染まるんだろうか。

 タンポポは初めてだから、とても楽しみだ。

 綺麗な黄色になるのかな?


 30分後。

 ミョウバン液から取り出して、絞りを解きながら洗いをかける。

 おっ? ちゃんと絞り模様がついている。大成功だ。

 けれども、色合いは予想の遥か斜め上を行っていた。

 まさかまさかの柔らかいベージュ。

 素朴で優しい色だった。

 乾いたらまた色合いが変化するのかもしれない。

 これだから草木染めはやめられないんだ。


 大満足で研究室のソファに座り、軒下で風に揺れるそれらを眺めた。

 最高の気分だ。

「綺麗な色でしょう?」

 僕が問いかけると、人体模型君が苦笑いしたような気がした。

 今日は僕の勝ちですね。

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