第9話 山茱萸とムクドリ

 庭の隅に山茱萸さんしゅゆがある。

 隅と言ってもこの縁側からよく見えるところなので、春先には黄色い花が、そして秋には真っ赤な実がぶら下がって、僕の目を楽しませてくれる。

 夏場は青々とした葉が茂り、そこに琉球朝顔が巻き付いて青紫の花を咲かせ、一体何の木だったかわからなくなることがある。


 この季節になると、葉が枯れ落ちて木の枝だけになってしまうけれど、その分、真っ赤に熟した実が白い雪との美しい対比を魅せてくれる。

 このグミによく似た形の実が、本当に可愛らしいんだ。山茱萸の『茱萸』とはグミの事を言う。グミを漢字で書くと茱萸、まさにこれなんだ。


 今日はこの山茱萸にムクドリさんが来ている。

 僕は食べたことは無いけれど、この山茱萸の実は渋くて食べられたもんじゃないという話をよく聞く。

 八味地黄丸って言ったかな、漢方薬にも使われているらしい。大体に於いて漢方薬と言うのは独特の渋みがあるものだから、何となく想像はつくけれど。

 余程食べ物に困っているんだろうか、ムクドリさんは美味しそうにどんどん啄んでいく。

 きっと山茱萸の実もこのままシワシワになって朽ちていくより、こうやって誰かに食べられる方が嬉しいんだろうな。そしてこのムクドリさんがどこかでその種を落として、我が家の山茱萸の子孫が芽吹くのかもしれないな。

 そんな妄想をしながら、誰かの食事風景を眺めるのは本当に楽しい。


 この子たちはこの先、冬をどうやって過ごすのだろう?

 秋茱萸あきぐみ山茱萸さんしゅゆも無くなって、山柿も底を尽くころにはもう虫も居なくなっている筈。

 野生の生き物に餌付けをするのは僕の倫理に反するけれど、そうしたくなってしまう自分がいるのも確かな事実。しかしここは心を鬼にする。人間の分際で、自然の理に手を出すなんてとんでもない話だ。


 と? ん? 目の前の雪の積もった白い空間が動いた。

 うさぎ?

 もしかして君は秋にやって来たあのうさぎさんですか?

 うさぎさんは返事のつもりなんだろうか、鼻をぴくぴくさせていたかと思ったら急に耳をぴょこんと動かした。

 ああ、やっぱりあの時のうさぎさんでしたか。すっかり冬毛に生え変わって見違えましたよ。僕に会いに来てくれたんですか?

 うさぎさん、鼻をピクピクさせながらキョロキョロと辺りを窺って、もう一度僕に一瞥をくれると走って行ってしまった。

 ……そうか。会いに来たのは僕じゃなくてこりす君か。

 僕に会いに来てくれる人はいないんでしょうかね……くすくす。


「せんせー! 葉月先生いますかー!」


 あ、僕にも会いに来てくれる人が居たようです。

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