第8話 刺し子の誘惑
麻の葉、分銅 、七宝、角七宝、花七宝、
麻の葉や箱刺しのように直線だけを使ったモチーフもあれば、七宝や青海波のような曲線だけで構成されるものもある。どれも連続性があり、永遠に反復が可能だ。
僕はこんなふうにエンドレスに続く模様が大好き。
単純で大胆、そのくせ繊細で可憐。一目で魅了されてしまう。
これが『和』の力なんだ。
日本人に生まれたことを心の底から感謝する瞬間。
この際、僕の髪や瞳が
冬は手芸に限る。
編み物でもパッチワークでも刺繍でも何でもいい、ちまちまちまちまと手を動かしているのは楽しい。
外はしんしんと静かに雪が降っていて、窓には結露がついている。
その窓に、この前蒼さんが落書きしていった僕の似顔絵がうっすらと浮かび上がる。
……くすくす。確かにちょっと似ていますね。眼鏡が。
こっちは律ちゃん、これは蒼さん、これは空くん? ……違うな、これは……
そうか、彼ですか。くすくす。
**
あの子、どうしているかな。
可愛い妹がいて、いつも妹を守るナイトのように振舞っていた女の子。
だけど本当は誰よりもお姫様に憧れてた、とても乙女チックな女の子。
僕が刺繍が得意で、ブックカバーに苺の花を刺繍したものをプレゼントしたら、「こんな女の子らしいのは私には似合わない」って言ったんだ。
けれども「僕は君にこそ似合うと思う」って無理やり渡した。彼女は戸惑ったような顔をしてたけれど「じゃあ、貰っとく」って受け取ってくれた。
君がそう言うと思ったから、だから僕はデニムの布地で表は無地にしたんだよ。見返しの袖部分にちょこっと刺繍をして、開いた時だけそれが見えるようにしたんだ。栞の紐もちゃんと付けて、先端に極細糸で編んだ小さな苺の実をぶら下げてね。
君は毎日図書室に来ては、そのカバーにピッタリ合うサイズの文庫本を借りて行った。図書委員の僕が貸し出しの手続きをしたから知っているけれど、君はいつもあのブックカバーを持ってたよね。
「気に入ってくれたんだね」って声をかけたら、「ちょうどいいから使ってるだけ」って。
僕はそれでも嬉しかったんだよ。
**
藍染の綿布巾に白の糸でちくちくと模様を付けていく喜び。僕の大好きな七宝文様。
昔ながらのストーブにかけたヤカンが、しゅーしゅーと音を立てて湯気を吹き出してる。コーヒーを淹れて、続きを縫おうか。
人体模型君が「やれやれ」と苦笑いしたような気がした。
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