第5話 羅紗染の浴衣

 今日は野菜がたくさんとれた。

 毎日一個や二個ずつ収穫できるといいのだけれど、相手も生き物なので一遍に花が三つ咲いてしまうこともある。そうすると、実も三つ一度に熟れてしまう。

 そんな事が偶々たくさんの種類で重なると、もう大変な量になる。

 トマトが一、二、三……十一個。キュウリにゴーヤ、ナスにピーマン。これはお隣に持って行った方がよさそうだ。

 ザルに山盛りにして、こんなに持って行って大丈夫かな?


 おっと、君はうちの庭にいた方が幸せじゃないですか? はい、そこから降りて。

 ツマグロヒョウモン君がゆっくりと僕の手に移動してくる。

 お隣さんがびっくりしてしまうから、君は僕の庭でお留守番ですよ。

 黒とオレンジの後ろ姿は、恨めしそうにアップルミントの影に入って行った。


 **


 こんばんは。

 おや? あおさんも来てたんですね。

 二人揃って浴衣とは、華やかでいいですね。

 ああ、そうか、今日は夏祭りでしたか。

 え? 僕も誘ってくれるんですか? 

 そういう事なら、僕も浴衣を着なければ。ちょっと待っててくださいね。


 急いで家に戻って……えーと、浴衣はこの一番上だったかな?

 あったあった。

 羅紗染らしゃぞめかすり絹鼠きぬねずの帯。地味かなぁ?

 まあ、主役は二人なので僕はどうでもいいでしょう。

 蒼さんの瑠璃紺るりこんの浴衣と石竹色の帯も綺麗だったけれど、りっちゃんの白地にとき色の朝顔も可愛らしかったなぁ。萌葱もえぎ色の帯も良く似合ってた。


 **


 あの人も浴衣が良く似合う人だった。

 すっと伸びた長い首、背筋を伸ばし、凛とした佇まいを見せていた彼女。

 ひわ色に鉄御納戸てつおなんどの大きな柄の入った大胆なデザインの浴衣を、猩々茶しょうじょうちゃの帯でモダンに着こなしていたっけ。

「浴衣のモデルでもやっていたの?」と聞いたら「もう、葉月君たら」と。本気で聞いたのに、冗談だと思われてしまった。

 二人で見に行った隅田川の花火がとても綺麗で、『墨田の花火』という品種の紫陽花を買ったんだ。

 今年の隅田川の花火は、彼女は誰と見に行くんだろうか。


 **


 そういえばすっかり忘れていた。

 浴衣を着るのはそんなに面倒ではないけれど、下駄があったかなぁ?

 靴下履いて、靴履いてって言う訳にはいかないだろうから……。

 お、ありました、セーフ!


 黒い鼻緒の下駄をつっかけて、扇子を帯に突っ込んだら、うん、とてもハーフには見えません! 純粋なニッポンジン!

 って独り言を言っていたら、さっきのツマグロヒョウモン君がこちらを覗いてる。

 ……日本人にはちょっと無理があったかな?

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