第11話 寝床

 夕方四時。

 僕にとっては特別な時間。

 この時刻になると、ツマグロヒョウモンさんが今夜の寝床を探し始める。

 我が家で一番人気なのはメドーセージの葉っぱ。夕立が来てもあっという間にここにたくさんのチョウたちが集まる。

 次いで百日草ジニアの花の陰、雀瓜すずめうりの葉の裏。

 いつもは花の上でのんびりと羽を広げたり閉じたりしながら食事をしているのに、この時刻になると花や葉の影に逆さにとまって羽をぴったりと閉じるんだ。

 それを見ると、今日はここで寝るんだなとわかる。

 で、いつものようにそっと声をかけるんだ。おやすみって。


 今日は珍しい花を寝床にしようとしている子がいる。

 ああ、そうか、もう秋明菊しゅうめいぎくが咲いたのか。


 この季節のこの時刻は、夏と秋、昼と夜がごちゃ混ぜ。凌霄花のうぜんかずらでクロアゲハさんがお食事中かと思えば、秋明菊でツマグロヒョウモンさんが眠りにつく。


 昼から夜への移ろいを繰り返しながら、季節もまた巡って行く。

 そう、ここに確かに存在する季節。


 **


 あの街にはそれが無かった。

 タワーに沈んで行く夕日。

 ビルに四角く切り取られたいつまでも明るい夜空。

 自然の声に耳を傾ける余裕もないほど正確に刻まれた時間。

 全てがデジタルで白と黒しかない、合理的で無駄のない社会。


 **


 この時期は夜空だって楽しい。

 春の大三角と、夏の大三角と、秋の四辺形が一遍に見える。

 北斗七星、南斗六星、火星、金星、土星、カシオペア。

 日本でもこんなにたくさんの星が見えるんだ。

 冬になれば、空がまばゆいばかりに光り輝くのだろう。


 ツマグロヒョウモンさんがようやく眠りについたころ、秋の虫たちが鳴き始める。鳴くと言うのもおかしな言葉だ。羽を震わせているだけなのに。


 一番最初はウマオイくん、競うようにコオロギくんが鳴き始める。どうやらスズムシさんもいるらしい。

 この縁側から一番近くで鳴いているのはクサヒバリくん。リリリリリリリリ……と綺麗な声を僕に聴かせてくれる。

 少し離れたところにはカネタタキくん。チン、チン、チン、チン……カネタタキとはよく言ったものだ。


 彼らの声をBGMに、コーヒーを飲みながら、蝶たちが眠りにつくのを見守る。

 夕日を眺めながら、ぼんやりとレイリー散乱の理屈なんか考えて。

 僕の贅沢な時間。


 夕方の風は気持ち良くて、空を見上げると高いところに雲があるのが見える。

 巻積雲……もうすぐ秋ですね。

 トマトの支柱の天辺で、アキアカネさんが「うん」と頷いたように見えた。

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