第10話 種集めと蔓払い

 秋晴れの午後。

 巻雲が僕を外に連れ出そうと手招きしている。

 僕はこの雲にとても弱い。これが見えると、もう居ても立っても居られないんだ。

 戦いには下準備が欠かせない。

 折り紙のようにして、新聞紙を箱に折る。

 いくつあればいいかな。十個くらい作っておこうか。

 それを縁側に並べて戦闘開始。


 こんな天気のいい日が何日も続いた後は、いい具合に種が乾燥していて採りやすくなっている。

 いつものように百日草ジニアからスタート。

 もう花の終わった頭の部分を外し、新聞紙で作った箱の中にどんどん入れていく。

 百日草だけで一時間以上かかってしまう。毎年のことながら、もっと要領良くできないものかと呆れてしまう。

 次は白蝶草ガウラ。これは案外早い。長い長い茎に綺麗に並んで付いている種をするすると外していくだけだ。

 風船葛ふうせんかずら、朝顔、金蓮花ナスタチウム秋桜コスモス、バジル。どんどん箱がいっぱいになっていく。


 箱に入れたものを縁側に並べて、次は種を外す作業。それは夜でもできるから、今は先に蔓払いをしてしまおうか。

 これがなかなかに重労働。種採りがお遊びに感じるほどの体力勝負だ。

 ネットに這わせた苦瓜ゴーヤ琉球雀瓜りゅうきゅうすずめうり、庭中に這いまわった朝顔、風船葛、一番厄介なのは屁糞葛へくそかずらだ。これらの蔓を片っ端から外して行かないといけない。

 庭の蔓という蔓を全部取るのに三時間以上かかってしまった。ああ、もう日が傾いて来た。

 蔓はまとめて明日にでも片付けるとして、今夜は種を外すことにしよう。


 これは腰を落ち着けてやるのが一番。長期戦だからね。

 それに実を言うと、蔓払いで疲れてしまったというのもある。

 自慢じゃないが、体育祭で「校内一の運動音痴」の称号を生徒会から授かっているくらいだからね!

 コーヒーを淹れて、縁側に新聞紙を広げて、いざ出陣。


 まずは風船葛だ。これはぷっくりと膨れた風船を破くところからスタート。とても可愛らしい形なので、破くのは少々気が引ける。しかし敵に情けをかけていてはいけない。

 中からまん丸の真っ黒い種が必ず三個ずつ出て来る。しかもアクリルグワッシュで描いたような真っ白のハートの模様がついている。このハートが何故つくのかさっぱり理解できないが、なんだか可愛らしいのは確かだ。


 風船葛には屁糞葛が一緒に絡まっていたから、たまにこれの蔓が付いていたりする。この植物は蔓や葉を傷つけることでメルカプタンという物質が表に出て来て、それによって……まあ、そんな名前の由来になる匂いがする訳だけれど、それにしてもこんな愛らしい花につけるにはあまりにも不憫だとは思う。屁糞葛の名誉のために声を大にして言うけれど、この花は本当に可愛いんだ。


 次は百日草だ。これは親指でしごくようにするとボロボロと種が外れる。そこでそっと息を吹きかけてやると要らないものが飛んで、種だけがうまい具合に残るんだ。

 くさびのような形の種を眺めているとなんだか武器のようにも見えて、なんでこんな形になったんだろうかと、不思議な気分になってくる。


 アサガオは一つの丸い袋から基本的に六つの種が出て来る。これも軽く揉んでやって、息を吹きかけると種以外のものが飛んでいく。コツさえつかめば割と簡単だけれど、加減を間違えると種ごと飛んで行ってしまうので要注意。

 こんな感じでコーヒーを飲みながら夢中で種を採る事三時間、ようやくお腹の虫が文句を言い始めてやっと我に返る。

 あああ、今日も肩とか腰とかバキバキになってる。今日はお風呂でゆっくりほぐさないと。


 小さな封筒にそれぞれの種を入れて名前と日付を書いたら、大切に大切におかきの入っていた四角い缶に片づける。


「来年の三月までおやすみなさい」


 ここは雪が積もるから、全て一年草扱いになる。東京なら秋に種を蒔けば冬の間にしっかりと根を張って、春先から咲き始めるんだけれど。


 今日は月が綺麗だ。

 お風呂の後には軽く厚揚げの煮びたしなんか作って、たまには縁側で月を眺めながらお酒でも飲もうかな。

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