第9話 漢字の感じ
僕は虫の名前はカタカナで書く。理科の授業でそうすることが多いから。
けれども植物の名前は漢字で書くことが多い。どうやってもそうは読めないだろうっていう「当て字」がたくさんあって楽しいから。
そんな当て字でもよくよく見るとその花姿が手に取るようにわかるものが多くて、「上手く考えたものだなぁ」なんて感心してしまう。
サルスベリなんてその最たる例だろう。
真冬に木の幹を見ると、確かにすべすべのツルツルで、サルでも滑って落ちてしまいそうだ。だからサルスベリなのだろうけど。
でも漢字で書くと何故か「百日紅」。これは開花期間が長く、百日ほどの間、花を咲かせ続けるから。
だからと言って百日紅と書いて、音読みでも訓読みでもサルスベリとは読めない。
音は木の幹、漢字は花を表す。なんて面白いんだろう。これだから日本人はやめられない(ハーフだけどね)。
ホオズキもそう。
あのふっくらとした袋は萼の部分で、中に入っている実が可愛らしい。
その実の部分、齧ってみるとちょっと酸っぱい。そして汁気がたっぷり。
漢字で書いた「酸漿」そのまんま。酸っぱい汁(漿)だからなんだな。
ホオズキも山で自然に育ったものは、雨や風を受けて萼の部分が溶け、やがて葉脈だけになる。そうなると、葉脈の隙間から中の丸い実が見えて、まるで提灯のように見える。
ホオズキに「酸漿」の他に「鬼灯」と言う文字があてられたのもそのせいだろう。
そう言えば、似たような名前の花がたくさんあるな。
ほんの一文字ずつ変わるだけで、全然別の花になる。
千日紅、百日紅、百日草、日日草……ややこしいけれど、全部うちの庭にある。
**
「葉月君の頭の中って、いつもややこしいことばっかり」
「そうかな。面白いと思うけど」
「葉月君はややこしい事も楽しんでしまうんだね」
**
「葉月先生、漢字は歴史がありますからね、植物の漢字は本当に面白いですよね」
「
「いつも青いから万年青なんて、誰が考えたんでしょうね」
国語の先生とは話が弾むことが多い。共通点がたくさんあるからだろう。
そうだ、馬酔木の話をした時、陽向先生に彼女と同じことを言われたんだ。
「馬酔木はアセボトキシンが作用して馬が酔ったように見えたらしいですね。ああ、現在はアセボトキシンはグラヤノトキシンと呼ばれていましたか」
「葉月先生の頭の中は、いつもややこしい事ばっかりですね」
でもその後が違った。
「
「……は?」
「そんな感じしませんか? グラヤノトキシン」
国語の先生というのはみんなこんな風に言葉遊びが得意なんだろうか?
……それともこの人が特殊なんだろうか?
僕がその後、授業中に『蔵屋の時信』を思い出して一人くすくす笑っては、生徒たちにチェックされていたのは言うまでもない。
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