第5話 日本のお正月

 今年も残すところあと数日。いい加減クリスマスのリースも片づけて、しめ縄にかえた方がいいのはわかっているんだけれど、我が家にはしめ縄が無い。

 そんなわけで、未だにアケビの蔓を編んで松ぼっくりやリボンを付けたリースが玄関先に飾られたままだ。


 それよりも、今、僕の心を埋め尽くしているのはおせち料理だ。これを準備しないと新年が迎えられないじゃないか。僕は『日本人』なんだから。

 おせち料理は総じて味付けが濃い。昔、お正月の家事で忙しい女性たちが、僅かに空いた時間にちょこちょことつまめるようにと、作られたものだと聞いた。お正月より前に準備しておくので、傷まないように味付けを濃くしたり、酢で〆たりするのだそうだ。

 とは言っても父方のおばあちゃんから聞いた話であって、実際のおせち料理の由来は朝廷内での節会せちえにちなんだものらしいのだけれど。


 おせち料理は年の初めにいただくおめでたい料理として、縁起を担いでいるらしい。

 僕の大好きな紅白なます。紅白でないとおめでたくならないから、普通の洋人参じゃダメなんだ。この日ばかりは真っ赤な金時人参を使う。

 黒豆は「真っ黒に日焼けするくらいマメに働く」事から来ているし、蓮根は穴が開いていることから「見通しがいい」とされる。慈姑くわいは大きな芽が一本出ることから出世を祈願したものだそうだし、昆布巻きは「よろこぶ」にかけたそうだ。海老は「腰が曲がるまで長生きを」と長寿を祈願したもので、蒲鉾は「日の出」を表すらしい。

 他にもたくさんあるけれど、全部が全部、そんなふうに由来があるのだと聞いた。


 とは言っても、今の僕に必要なのはきっと「子孫繁栄」祈願の数の子か八ツ頭なのだろうけれど。

 なにしろ女性よりも科学の方が面白いんだから、こればっかりは仕方がない。科学よりも興味を惹かれる女性が現れれば別なんだけれども……なんて言ったら、また母に「クロードは本当にお父さんにそっくりね」なんて呆れられてしまうんだろうな。

 父さんだって母さんのようなユニークな人を見つけたんだ、僕だってきっと見つけますよ……くすくす。


 錦卵、田作り、伊達巻、昆布巻き、叩き牛蒡、栗金団、長老喜ちょろぎ手綱蒟蒻たづなこんにゃく、どれもこれも大好物。一年中おせち料理を食べても食べ飽きない。

 煮しめも出来上がったらお雑煮の準備もしておいた方がいいな。

 僕のお雑煮は醤油仕立て。人参、牛蒡、里芋、蓮根、蒲鉾や油揚げも入れる。食べる直前に細く切った柚子の皮と三つ葉を添えるんだ。これは葉月家の味。


 おせちをきっちり純和風に作ったら、ここからはお遊びタイム。

 茹でた隠元を斜めに切って、竹輪の穴に三本突っ込む。パセリの小さな房を隙間に刺して、細く切った人参をくるっと巻いたら門松の出来上がり。

 サイズの違う白玉を二つ重ねて、初夏に作っておいたクランベリーのプレザーヴを一粒乗せると、プチ鏡餅……ちょっと無理があるか。

 小さな俵型に抜いたハムをプチトマトに張り付けて、黒ゴマをつけたらだるまさん。

 なんだか小さな子供のお弁当みたいになって来た。

 僕がお父さんになったら、子供のお弁当はきっと僕が作るんだろうな。くすくす。

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