第4話 かまくら

 いい感じだ。去年より出来がいい。

 昨日ずっと作っていたかまくら。流石に前回の反省から上達している。

 去年は壁の厚みが均等でなくて穴が開いてしまったり、強度が足りずに作成中に崩れてしまったりしたのだ。

 一番悲惨だったのは、「できた!」と喜んで中で座ろうとした途端に崩壊して、半ば生き埋め状態になったことだろう。あれは二度と体験したくない。

 それでも六回目にようやく成功したことから、問題点は大方把握しているつもりだ。


 まず、雪はある程度の強度が必要。雪を積んだら水をかけてやる。そしてまた雪を積んで水をかける。これで氷の層ができて少し強度が増す。

 こんな感じで少々頑丈な雪山を作るのだ。

 好みのサイズの雪山ができたら、今度は枯れ枝の出番。これをすべて同じ長さに切る。

 僕の場合は25㎝。30本もあればいいだろう。これを雪山の壁に垂直に刺していく。

 あとは掘る! ひたすら掘る!

 入り口はなるべく狭く。奥は広く。掘って行く時にさっき刺した枝が見えたら、それ以上は掘ってはいけない。これで壁の厚みが25㎝で均等に保たれる。

 かまくらの形になったら夜まで待つ。夜に気温が下がった頃を見計らって、シャワーでかまくらに向かって放水。夜中のうちにこうやって表面を完璧に凍らせるのだ。


 そして、朝。満足のいく完璧なかまくらが僕の庭に鎮座していた。

 朝日を浴びて、僕のかまくらは(物理的に)神々しいほどに光り輝いている。表面に張った氷の層の効果だ。

 いや、氷の効果としてはかまくらの強度を上げる効果しか狙っていなかったけれど、これはこれで副産物的な効果が得られてよかったと思う。


 そうそう、昨日はかまくらの外観だけしか作っていなかった。今日は内装を整備しないといけない。このままでは中で何もできないじゃないか。

 まずは内側の壁に沿うように作り付けた雪のベンチを綺麗に平らに均す。凸凹だと美しくないからね。平らになったらレジャーシートを敷く。去年このまま座ってお尻がべちゃべちゃになったことからの反省だ。失敗は成功の母。僕は転んでもただでは起きない。

 レジャーシートを敷いたらその上にクッションを置けば出来上がりだ。ここに座ればお尻も冷たくならない。クッションは入るときに持ち込む方がいい。前以って入れておくと冷えてしまうから。


 **


 巷はクリスマスイヴ。僕はキリスト教信者ではないからどうでもいいことなんだけれども、何かにかこつけてケーキを食べたかったものだから、朝っぱらからタルトを焼いたんだ。かまくらで食べようと思って……くすくす。

 アーモンドクリームをタルトの中に敷き詰めていると、ガラガラと玄関の引き戸が開く音がした。

「ごめんください。葉月先生いらっしゃいますか?」

 おや? この声は? 

 出て見るとやっぱり陽向先生。

「こんにちは。どうされました?」

「ジンジャーマンたくさん焼いたので、葉月先生にお裾分けをと思って……あの、エプロンして、何か作ってらしたんですか?」

「ええ、フルーツタルトを。あ、もしお時間があればお茶でもいかがですか?」

「いいんですか?」

「どうぞどうぞ」

 という訳で、一緒にお茶をという話から、どういう訳か一緒にケーキの飾りつけをすることに。なぜこうなった?

 僕がフルーツをカットしている横で、レモンマーマレードをアーモンドクリームの上に延ばしながら、陽向先生が恥ずかしそうに話し出すんだ。

「今日、両親が出かけちゃったんです。私が彼氏とデートしてくるんだって勝手に思い込んでて。それで私、今夜一人ぼっちなんです。でも彼氏なんていないって言ったら、ディナーを予約してた両親が私に気を遣ってキャンセルしちゃうかもしれないんで、一日中こうしてあちこちウロウロしなきゃならなかったんです」

「そうでしたか。でしたら僕も一人で暇なので、フルーツタルト食べて行ってください。人体模型君もいいですが、陽向先生の方が華がありますし」

 人体模型君が呆れたようにこちらを見ている。けど気づかないフリを決め込もう。

「フルーツの準備ができました。陽向先生、並べて貰えますか」

「えっ、私、センス無いから」

「大丈夫ですよ。僕たちしか食べませんから」

「うふふ、そうですね」

 陽向先生が小さな手で楽しそうにフルーツを並べていく。

 オレンジ、苺、ブルーベリー、ピンクグレープフルーツ、黄桃、キウイフルーツ。

 カラフルになっていくタルトを横目で見ながら、僕はナパージュの準備。

「これでどうかしら。やっぱりセンスが無いわね」

「美味しそうですよ。じゃ、艶出しゼリーを塗りましょうか」

 僕は手早くナパージュを刷毛で塗り、冷蔵庫にタルトを入れた。


 **


「さて、一仕事終えましたし、お茶にしましょう」

 そうだ、いいものがあったんだ。ティーソーサーにちょこんと添えたそれを見て、陽向先生が素敵なものを見つけた少女のような顔になる。

「これ何ですか、綺麗ですね。宝石みたい。お砂糖菓子?」

「クリスタリゼです。僕のはラベンダー、陽向先生のはバラ。これを紅茶に入れると花がふわっと香るんです」

「赤いバラの花言葉、ご存知です?」

「は? いえ」

「情熱の恋、『あなたを愛しています』……です」

「は……はぁ、そうですか」

「ラベンダーは期待、『あなたを待っています』」

 特に意識した訳では決してないんだけれども、ええと、こういう場合はなんと返したらいいんだろう? 僕がまごまごしてると、陽向先生が「わぁ」と声を上げた。

「いい香りですね。雪の結晶にお花が閉じ込められたみたいだわ」

「あ! かまくら!」

 ……の存在を忘れていた。

「かまくら作ったんです! 陽向先生、一緒に入りませんか?」

「はい?」

「行きましょう、僕の自慢のかまくらなんです」


 **


 目をまん丸くしている陽向先生を引っ張って、かまくらに案内する。もちろんクッションとストールも忘れない。

「わあ……素敵。これ、葉月先生が作ったんですか?」

「ええ、昨日一日かけて作りました」

 ふと何か思いついたように陽向先生がパッとこっちを向いた。

「ねぇ、この中でお茶飲んだらどうかしら?」

「それは名案です! せっかくの紅茶が冷めないうちにここで飲みましょう」

 先程の紅茶をかまくらの中に持ち込んでティーパーティ。二人でクッションを敷いて並んで座るとなんだかおかしい。いい大人が一体何やってるんだろう。

「葉月先生のそのマフラー、素敵な色ですね。もしかしてご自分で編んだんですか?」

「ええ、去年編みました。でもこれ、マフラーじゃなくてストールなんです。広げると結構大きいんですよ。ほら」

 紅茶を横に置いてストールを広げて見せる。

「あら、一緒に入れそうね」

「入ります?」

 陽向先生の肩にストールをかけて、こっちの端は僕がかけて。ああ、これは暖かい。ストールの中の空間で、バラとラベンダーの香りが混ざり合う。

「なんだか秘密基地みたい。小さい頃、憧れましたよね」

「そうですね、僕も自分の秘密基地持ってましたよ、フランスに」

「葉月先生、大人になっても作っちゃうのね、私まで入っちゃっていいのかしら」

「合言葉が必要でしょうか」

「じゃあ、葉月先生が『お月さま』、私が『お陽さま』」

 なるほど、葉月の月と陽向の陽。

 天を見上げるような陽向先生の横顔に、何故かあの人の面影が重なる。

「夜、ここでプラネタリウムやったら楽しいでしょうね」

「葉月先生が解説してくださるんですか?」

 二人で噴き出してしまった。

「陽向先生のご両親も、デートしているはずの娘がまさかこんなところでかまくらに入ってるなんて思いもよらないでしょうね」

「だけど、こんなデートもいいですよね」

「……えっ?」

 思わず彼女の方を向いてしまった。

 ……ら、至近距離で目が合ってしまった!

「あああ、いえ、あの、そういう意味じゃなくて!」

「ああ、そ、そうですよね」

 なんだかストールを外すタイミングを失ってしまって。

 僕らは秘密基地の中で、そのまましばらく無駄話をしながらお茶を飲んだ。

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