第6話 紙を漉こう

 僕の家には新聞紙を積んだ一角がある。

 それは古紙回収に出すのとは別の、大事な大事な新聞紙なんだ。

 今日もそこに新しい新聞紙を追加。花たちの今の時間を閉じ込めて。


 下の方には春の花がたくさんある。

 特に可愛いのがビオラ。色も鮮やか。

 ピンクのサポナリア、黄色いカタバミ、ライラック色のニワゼキショウ。オオイヌノフグリやバーベナ、ツルニチニチソウもある。スミレ、ナデシコ、カラスノエンドウ、もう何でもありだ。

 真ん中から上は夏の花。

 ツユクサ、オシロイバナ、ルコウソウ。ニチニチソウにサルビア、深い青紫の美しいメドーセージ。

 野菜の花も可愛いのがたくさんあってなかなかに侮れない。お気に入りは黄色いトマトの花。紫はナス。白はピーマン。


 僕が押し花にするのは総じて小さいものばかり。

 それはね。

 その花たちの美しさを永遠に閉じ込めてしまいたいからなんだ。


 三日ほど前から水に浸けている牛乳パック。

 これの表と裏のビニールを剥がして細かくちぎる。

 ミキサーにかけて、網を張った木枠に流す。

 この瞬間が押し花さんたちの出番。


 紙に漉き込むのに向いてる花というのがある。

 小さくて色がはっきりしている事、これが一番大事。

 だから、いくら小さくて形が可愛くても、ハクチョウソウではダメ。白いから。

 ツユクサやメドーセージ、スミレのようなはっきりとした紫や、赤いルコウソウなんかはまさにぴったり。そこにピンクのサポナリアなんかを散らすと、それはもう可愛らしい。


 葉っぱも一緒に押しておくと便利に使える。

 引き立て役はもちろん、堂々と主役を張れる実力者だったりする。

 モミジのようなはっきりした形のものは赤くても緑でも綺麗だし、イチョウの若い葉っぱは小さいうちに漉き込むと爽やかな感じになるんだ。

 今年はちょっと実験。アップルミントとバジルの葉っぱを押してみた。一緒に漉き込んでも香りが残っているだろうか?


 さて、お楽しみの時間。

 ミキサーを準備して、僕のお手製の紙漉き枠を引っ張り出してきて、ええと、あとはたらいが要るかな。


 **


 こういう事を始めると何故か嗅ぎつけて来るいつものお客さん。

「ちょうど良かった。これから紙を漉くところだったんです。手伝って貰えますか」

「やるやるー」

「手伝うー」

 二人が来ると作業が早い早い。学校のお喋りをしながらどんどん進む。

 ちぎった紙をミキサーに入れて撹拌すると、二人から黄色い声が上がってヤモリ君が驚いて引っ込んでしまった。

「こうやって押し花を漉き込むんです。葉書やしおりにすると綺麗でしょう?」

「先生、この葉っぱは?」

「バジルですよ。一緒に漉き込んだら香りが残るか実験するんです」

「キンモクセイ……いい匂いするかな?」

「うちに今、ちょうど咲いてる。取ってくるから、蒼は先生と待ってて」


 律ちゃんが出て行くと、蒼さん急に静かになりました。

「ねえ、先生が中学生の時も私みたいな男の子っぽい女の子っていたの?」

「いましたよ、勿論。僕の初恋の人がそんな子でした」

「ええっ?」

「男の子っぽく振舞ってる女の子は、案外中身がとても女の子らしかったりするんです。それを、男の子は見逃さないものなんですよ」

 くすくす。蒼さん、赤くなって俯いてしまった。誰を想っているのかな?


「せんせー! 持って来た!」

 律ちゃんの声が聞こえて、蒼さん急に元気になりました。

「キンモクセイ、入れよー!」


 どんな栞ができるかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る