第4話 季節の色

 最後の実を一つぶら下げたまま、トマトの葉が黄色くなり始めた。ふと見上げると、雀瓜すずめうりもそれまでしっかりグリーンカーテンの役割を果たしていた葉が、鈴生りの赤い実にその舞台を譲っている。


 我が家の庭も、気付かないうちに少しずつ秋の色に塗り替えられていたんだ。

 四季の色を意識し始めたのはいつからだろう?


 冬の色。

 真っ白な雪に覆われた森。

 葉を落とした木々の姿も、池に張った薄い氷も、ピンと張り詰めた空気も、何もかもが研ぎ澄まされて、何か手の届かない大きな存在に近づいたような気持ちになる。

 そう、一言で言えば、『ラムネの瓶の色』。僕の大好きな色だ。


 春の色。

 蒲公英たんぽぽ蓮華草れんげそう酢漿草かたばみすみれなずな大犬殖栗おおいぬのふぐり

 黄色、ピンク、薄紫、白、水色。そこに若い芽の黄緑色が加わる。

 淡い色に優しい色、午後の日差しにも似た柔らかい色たち。


 夏の色。

 向日葵ひまわり白粉花おしろいばな、朝顔、紫陽花あじさい露草つゆくさ、百日草、日日草。

 黄金色、青、紫、牡丹色、深紅、そして真っ青な空に白い雲。

「こっちを見て!」とそれぞれが自己主張しているような、活気に満ちたパレット。


 秋の色。

 団栗どんぐり松毬まつぼっくり数珠玉じゅずだま烏瓜からすうり金木犀きんもくせい、紫式部、銀杏いちょう紅葉もみじ。そしてこりす君。

 黄土色、橙色、黄色、茜色。そして……

 淡い茶色、黄色っぽい茶色、赤っぽい茶色。濃い茶色。茶色のオンパレード。

 あらゆる色が少しずつ混じりあい、お互いを受け入れて反発しない、静かな色たち。

 その世界をすべて包含し、拒否もしなければ妥協も許さない、他を受け入れても自らの芯を持ち続け、凛としてそこに存在する色。


 秋の色は不思議だ。

 僕は生命の生まれる春が一番好きだけれど、色となると秋に優るものは無いと思う。


 こうやって、また好きなものを分析してしまうと嫌がられるんだけれども、好きなものが何故好きなのか考えるのは楽しい。

 どの季節の色もその季節にこそ相応しくて、その温度や湿度に色がちゃんと合っている。だから心地いいんだ。


 **


 知らないうちに季節が巡っていて、気が付いたら一年過ぎていたあの頃。

 どこへ行っても温度も湿度も完璧に管理されていて、とても快適だけれどのっぺらぼうな空気たち。

 そのくせ、一歩外に出ると急激すぎる温度や湿度の変化や強い風に面食らう。

 ヒートアイランド、ビル風、ゲリラ豪雨。

 個性を封じられた空気たちが、僕らに怒っているように感じた。


 降っても吸い込まれるところのない可哀想な雨。行き場を無くして、肩を寄せ合い、何とかしてどこかに落ち着きたいのに、道路に溢れかえり、線路を沈め、土嚢に追いやられて、やっとの思いでようやく自然に還って行く。

 道路に渦巻く濁流を見ながら、僕はいたたまれない気持ちになることがあった。


 ここは、僕の住むところじゃない。

 漠然と、ただ、そう感じた。


 **


 もう少ししたら、こりす君がまた縁側に団栗を並べて行くのかな。

 去年は確か松毬も並べて行ったなぁ。「見て見て、凄いの持って来たんだよ!」って自慢してるように見えて、とても可愛かった。……くすくす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る