第14話 また、夏が来る

 梅雨入り前の日曜日。

 我が家の庭では気の早い紫陽花が、もう花をつけている。

 真っ赤なガクアジサイと青いヤマアジサイ。この庭に最初からあったので、名前は知らない。

 白いのは『墨田の花火』。これは東京から引っ越して来るときに、鉢植えのものを持って来て植えたんだ。今では三色のアジサイが仲良く咲いている。


 **


 縁側では僕の作ったパッチワークの座布団を敷いて、蒼さんと律ちゃんがお喋りに花を咲かせている。

「先生、この大きい葉っぱの植物はなんですかー」

「何だと思いますか」

「えーっ」

「去年、この庭によく似た葉っぱのものがあった筈ですよ。よく思い出して」

 二人で首をひねって悩んでる。日頃の観察力が問われていますよ。

「あ、そうだ、ここにあった葉っぱだよね、蒼」

「うん、蔓性の何か」

「キュウリじゃなかった?」

「そうだよ律、キュウリキュウリ!」

 お、いいところに気づきましたね。

「そうです。キュウリです。ではキュウリは何科ですか?」

「理科!」

「もー、律ってば。ウリ科だよー」

「はい、蒼さんよくできました。これはウリ科の仲間です。さて、なんでしょう?」

 さあ、二人はウリ科をどれだけ知っているかな。

「ヘチマ?」

「ちょっと違いますね」

「ゴーヤ?」

「律ちゃん、ゴーヤの正式名称はツルレイシですよ。ツルレイシの葉っぱはもっと小さいですね」

「スイカだ!」

「近づいてきました」

「ヒョウタン!」

「うーん、離れました」

「メロンだ!」

 二人ともちゃんとウリ科を理解している。素晴らしい。

「メロンで正解にしますか。答えはウリ科キュウリ属マクワウリです。おばあちゃんたちはマクワウリをメロンと呼びますからね」

「やったー! 正解したから、実が生ったら食べさせてくださーい」

 正解しなくても君たちは食べに来ると思いますけどね。くすくす。

「来年もこの庭に来たいな……」

 蒼さんはやっぱり遠くの理系の高校に行くのだろうか。心なしか人体模型君も寂しそうに見える。

「夏休みに来ればいいですよ。蒼さんの好きなものを一つ育てておきますか?」

「じゃあ、プチトマト。またスーパーボール作りたい!」

「こりすがまたかじっちゃうよ?」

「噂をすればなんとやらです」

 こりす君がちょうど紫陽花の足元に現れた。すっかり夏毛に生え替わったウサギさんも一緒。ウサギさんは相変わらずこちらには来ないけれど、こりす君はちょこまかと走り回ってる。

「そうか、向日葵を植えてくれと言いに来たんですね。わかりましたよ」

 こりす君、ちゃんと通じたのか、満足げにウサギさんの方へ戻って一緒に行ってしまった。相変わらずせわしない。


 **


「先生、こんなところにカマキリの卵」

 よく見ると確かに紫陽花の木質化した枝についている。こんなに毎日眺めていたのに気づかなかった。僕の観察力の方が問題がありそうだ。

「もうすぐ孵化しますね」

 また彼らの季節が来る。小さな生き物たちの季節が。

 この庭は彼らと一緒に僕が成長する大切な場所。


 また、夏が来る。

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クロード葉月先生の徒然日記 如月芳美 @kisaragi_yoshimi

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