第3話 ひっつき虫

 柚子の木に青い実がぶら下がっている。

 今日もナミアゲハさんで大賑わいだ。


 彼らは柑橘系の木にしか卵を産まない。こんなにたくさんの木があるのに、柚子だけを選んでそこだけに卵を産み付けていく。だから一時期の柚子の木は鳥のフンのようなナミアゲハさんの一齢から四齢幼虫の姿がたくさん見られる。


 今は彼らの恋の季節。ナミアゲハさんに限らず、他のチョウたちも庭のあちこちでデートしているのが微笑ましい。


 木槿はナミアゲハさんの語らいの場。

 百日草はツマグロヒョウモンさんのデートスポット。

 朝顔はイチモンジセセリさんたちの出会いの場。

 ダールベルグデイジーはヤマトシジミさんたちのカフェ。

 三尺バーベナはキチョウさんたちの待ち合わせ場所。


 **


 植物たちも子孫を残すためにたくさんの種を作る秋。

 昨日の一年生の授業でちょうど教えたばかりの種子散布。


 自動散布。

 スミレやカタバミのように、果皮が裂開した勢いで種子が弾き飛ばされる。あまり遠くには旅ができないようだ。


 風散布。

 タンポポの綿毛やカエデのプロペラのように、風に乗って少しでも遠くに行こうとする種子たちの健気な事。


 水散布。

 ハスの種やヤシの実のように、水の流れに乗って長い旅に出る種子たち。

「名も知らぬ遠き島より流れ寄るヤシの実一つ」


 動物被食散布。

 我が家のランタナのように、鳥や動物に食べられて彼らの移動先でフンとして排出されることによって距離を稼ぐヒッチハイカー。


 そして……。

 今、僕の目の前でこりす君が実践してくれている動物付着散布。

 本日のこりす君はセンダングサとヌスビトハギで完全武装。随分チクチクした印象ですが、痛くは無いのですか?


 **


 そういえば……学校にも散布に協力的な人が大勢いたかもしれない。

 この時期、登校してくる生徒はみんな制服にヌスビトハギを付けて来る。

 その中でも『不動の散布マスター』として君臨し続けているのが、職員室で隣の席の陽向ひなた先生。と言っても僕がコッソリその称号を与えたんだけれど。

 なぜそうなるのかよくわからないけれども、毎日大量のセンダングサを体中に付けて来ては学校内に散布している。職員室で椅子に座るたびに、お尻や背中にくっついたセンダングサの鋭利に尖った種が刺さって飛び上がるんだ。


 この前は飛び上がった拍子に机の上にあったテストの答案を文字通り『散布』して、一人分の答案が足りないと大騒ぎしていたから探すのを手伝っていたら「あ、そういえば今日一人欠席でした」って……。真っ赤になって平謝りしている姿を見たら、なんだかおかしくて。

 僕が去年この学校に赴任してきたばかりの時も「初めまして」って頭を下げた拍子に、机に山積みになっていた書類が雪崩を起こしてそこいらじゅうにばらまいていたっけ。

 毎日この先生には振り回されているけれども、何故か許せてしまうのはその人柄のせいだろうか。

 確か牛乳が飲めなくて、毎日給食の牛乳を男子生徒が交代で飲んであげているとか……きっと蒼さんもそこに参加しているんだろうけれど。


 **


 さて、こりす君。

 これだけのリスクを冒してまでここに侵入して来た目的はこれでしょう?

 ちょっと待ってください。今倒してあげます。


 僕は重そうに頭を垂れた向日葵を倒すと、そっと声をかけた。

「向日葵さん。お疲れ様でした。種、分けてくださいね」

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