第6話 山菜料理

 山菜採りから戻ってきたところにちょうど遊びに来てくれた律ちゃんと蒼さん。もしかして、僕の「お手伝いさん来てください」の心の叫びが聞こえたんだろうか?

 二人に手伝って貰って山菜の下処理をしながら、同時進行で料理を始める。折角だから二人にお土産を持たせてあげたい。

「優先順位1番はワラビです。同じくらいの長さのものをまとめて、紐で縛ってください。親指と人差し指で作った輪っかに入るくらいの量で、束にしてくださいね」

「はーい」

「ゼンマイは綿を取って、こっちのザルに入れてください」

「はーい」

 大鍋に湯を沸かしつつ、小鍋でコゴミをさっと茹でる。そうしている間に、タラの芽とコシアブラを綺麗に洗って水切りしておく。天ぷらにするからだ。

 ウドは白い部分は薄くスライスして水に晒しておく。刺身で食べるため。

 青い部分は繊維がしっかりしてくるので、斜めにスライスして灰汁抜きをする。こちらはツナと一緒に油炒めになる予定。

 大なべの湯が沸くころ、ちょうど律ちゃんの声が飛んできた。

「先生、ワラビ終わりましたー」

 さすが手芸部。綺麗に揃えて束にされたワラビがきちんと整列している。

 これを大鍋に入れて重曹で灰汁抜きをする。このまま半日も放置しておけば、鍋の中はびっくりするような色になる。灰汁の色だ。

 そうこうしている間にコゴミが茹で上がる。これをざるに上げて、代わりにウルイを投入。コゴミは胡麻和え、ウルイは辛子マヨネーズ醤油和えだ。

「せんせー、この細い茎はどうするんですかー?」

「ミズですね。皮を剥くんですが、灰汁で手が真っ黒になってしまいますから、君たちはいいですよ」

「やりたーい。手、真っ黒になってもいい!」

「何日も落ちませんよ?」

「頑張った証!」

「名誉の勲章!」

 二人で楽しそうにコロコロと笑っている。まあ、そうだな、山菜の灰汁を体で覚えるのもいいかもしれない。何事も体験。ナイフを一本ずつ渡してレクチャー。

「こうやって茎の端に刃を当ててスーッと静かに引くと、最後まできれいに皮が剥けます」

「わー、きれい!」

 面白がって二人で剥き始めた。あーあ、手が真っ黒になるぞ。

「コシアブラとタラノキは樹木、ワラビとゼンマイとコゴミはシダ類です。ウルイはなんでしょうか」

「えーっ、授業ですかー?」

「草です!」

「もう少し言い方があるでしょう?」

「種子植物!」


 こんな風に遊びながら少しずついろいろなことを知って、君たちは大人になっていく。


「宿根草と言って欲しかったですね。では、ネマガリタケは? 別の切り口で答えてください」

「竹!」

「蒼、そのまんま!」

「そっか、裸子植物!」

「被子植物ですよ」

「えーっ!」


 今日の事を君たちは十年後に覚えているだろうか。


「単子葉植物綱イネ目イネ科タケ亜科ササ属チシマザサです。ネマガリタケというのはニックネームですよ」

「無理ー!」

「先生、頭痛いです!」


 覚えていなくてもいい。こんなことを積み重ねて成長してくれたらそれでいい。


「図鑑を見て描いた絵と、実物を見て描いた絵は違います。実物を触った人の絵はもっと違う」

 蒼さんがハッとしたように僕を見た。けれども僕は知らん顔。意味は自分で考えるだろう。


 **


 山菜のフルコースが並んだ我が家のテーブル。

 コシアブラとタラの芽の天ぷら。

 ウルイの辛子マヨネーズ醤油和え。

 ミズと油揚げの炒め煮。

 コゴミの胡麻和え。

 ウドの刺身と油炒め。

 ネマガリタケとサバ缶の味噌汁。

 ワラビは明日まで灰汁抜き。

 ゼンマイは干してから使うので来月以降のお楽しみ。

 二人のお土産分を密封容器に詰めて、後は三人で試食会。

「先生、この味噌汁美味しい!」

「でしょう? ネマガリタケはサバ缶が一番よく合うんです」

「ウルイもサラダみたい。なんかぬめりがある」

 ん? 楽しそうに食べる律ちゃんの隣で、蒼さんがミズをじっと見つめてから、真っ黒になった自分の手に視線を移したぞ。

「ねえ先生、実物を触った人の絵と、実物を自分で収穫した人の絵も、きっと違うよね」

「そうですね」

「今度、山菜採り、連れてってください」

 ……くすくす。蒼さん、成長しましたね。

「いいですよ」

「私も!」

 二人の後ろで人体模型君がニヤリと笑ったような気がした。

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