第7話 夕立

 日差しが幾分優しくなって来た夏の夕方。相変わらず外では元気よくセミ君たちが合唱している。

 僕はと言えば……また悪戯を思いついて、今晩楽しむ『花火』の準備。

 除湿剤の粒を乳鉢で細かい粉にしておく、これ大切。ここで手を抜くと、綺麗な色が出ないんだな。経験者は語る。


 ふと見ると、実験室の網戸になにやら黄緑色の物体が。

 眼鏡を押し上げながら近づいてみると……これはこれはカマキリ君。

 君はまだ子供ですね、変態が終わっていない。

 こんなところでは君は目立ちすぎて、いつまでも食事にありつけませんよ。お花の陰とか葉っぱの裏に潜んでいないとね。


 こっちにおいで。


 いつものように左手を差し出すと、こちらに素直に乗って来る。

 小さなカマをこちらに向けて、三角の顔をちょっと傾げて僕をじっと観察してる。


 君は賢いですね。

 お? おおおお? こっちに登ってくるんですか?

 くすぐったいですよ、カマキリ君。ストップ、ストップ!


 凄い速さで肩まで登ったカマキリ君を右手に乗せ換えて、大急ぎで庭のピーマンの葉っぱに乗っけてみたけれど。


「なんだよー、頭まで登りたかったのにー!」とカマキリ君が抗議しているように見える。僕はくすぐったがりなんですから、ダメですよ。

 カマキリ君に手を振って、コーヒーを淹れに行く。

 ちょっと濃いめに淹れたコーヒーを手に戻ってみると、あららら、夕立が。急いで洗濯物を取り込んで、ハッと気づいた。


 さっきのカマキリ君……。


 ピーマンを見に行ったけれども、カマキリ君の姿はもうどこにもない。

 この僅かな時間でずぶ濡れになってしまった頭を拭きながら、コーヒーを啜る。


 そうか、カマキリ君が網戸についていたのは、この夕立を知っていたからなんだ。

 自然の力には敵わない。人間なんて、いろいろな事が出来るようで、実は何にも知らないんだ。

 そんな事をまだ幼虫のカマキリ君に教えて貰った夏の夕方。夕立はあっという間に止んで、『天使の梯子』がかかっていた。

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