第12話 お買い物
今年の文化祭は我が手芸部と、陽向先生率いる料理研究部のコラボで『森の喫茶店』というのをやることになった。
生徒主導で任せたいから、僕と陽向先生は裏方ということでお買い物係なんだけれど……少々心配。
その陽向先生の車の助手席に、今僕は乗っている。
ちょっとスリリングな運転。とは言ってもスピードを出しているわけじゃない。とてもゆっくりなんだけれども、なんというか、いろんな意味でスリリング。
「葉月先生、車お持ちじゃないんですか?」
「ええ、徒歩の方がいろいろなものを見つけられるので乗りません」
「何を見ながら歩いてるんですか?」
「歩いているうちに見つけるんですよ。イモムシだったり、ヘビだったり、小さなつぼみだったり。車に乗っていたら絶対に見つけられない」
……今、ドアミラーをそこの枝でこすったような気がしたんだけれども、気にしない方がいいに違いない。うん、やっぱりスリリングだ。
って……え、え、ちょっと待って、このまま曲がるのか?
「あの、陽向先生、内輪差ってご存知ですよね」
「勿論です。よく後輪落としますけど」
と言いながらカーブに侵入。あ、あ、あ、あ……。
……落ちなかった。
帰るまで僕の心臓が持つだろうか?
「陽向先生は花言葉をよくご存じですね」
「もう、それしか取り柄が無くって」
「生徒の事もよく見てらっしゃる。困っている子に対するアンテナが敏感ですね」
「葉月先生、好きな花って何ですか?」
本当に唐突なんだ、この人の話題の振り方は。でももうそれにも慣れてしまっている自分に笑ってしまう。
「アガパンサスです。あの凛とした立ち姿と涼し気な色が好きです」
「愛の花ですね。花言葉は『知的な装い』です。葉月先生らしいですね。でもね、もう一つ花言葉があるんですよ。『恋の訪れ』。どなたかに恋してらっしゃるんですか?」
ああ、もう本当に参っちゃうなぁ。陽向先生はどうしてこう、女子生徒のように無邪気に核心を突いてくるんだろう? 生徒には普通に答えられることでも、仕事の同僚に答えられることじゃないんだけどなぁ。
だけど、僕は。
彼女をどう思っているんだろう? 彼女は僕と一緒に居たいと言ってくれたけれど、だけど僕は……。
彼女と東京を捨ててこの土地を選んだ。この自然に囲まれた環境を。
その僕が、メコノプシスをここで育てることができないように、彼女を……。
「葉月先生?」
「あ、はい?」
「ごめんなさい、変なこと言っちゃって。もしかして失恋ですか?」
だから……この人はどうしてこう無邪気なんだ。こんなにもストレートに聞かれるとつい……。
「そうかも知れませんね……」
「そうでしたか。でも大丈夫ですよ!」
「は?」
「根拠はありませんけど、大丈夫です!」
なんだろう、本当に不思議な人だ。何がどう大丈夫なのかさっぱりわからないけれど。
いつも何かしらやらかしてるこの人が言ってもまるで説得力はないけれど。
……根拠なく、大丈夫な気がしてくる。
実に不思議な先生だ。
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