春の日記

第1話 黄緑色の蕾

 雪が融け始めて、この森にも少しずつ春の足音が近づいてきた。

 こんな天気のいい日はちょっと山に出かけたくなる。

 山がまだ雪深いのは承知の上だけれど、山だからこそ陽の当たるところとそうでないところの差が大きく出るんだ。

 そして当然のように僕のターゲットは日向にちらっと見えるかもしれない『あれ』。


 ワクワクしながら長靴を履き、ビニール袋をポケットにたくさん入れていざ出発。

 ううう~、流石にまだ空気は冷たい。けれども真冬のような攻撃的な冷たさではなくて、どこか少し手を抜いてくれているような、そんなやわらかさがある。


 さあ、チェックポイントだ。今日もいい感じに陽が当たっている。雪が融けて、地面が見えているところも少しある。こういうところが狙い目なんだ。

 よーく目を凝らして、今にも地面が見えそうなポイントを探す。沢沿いや湿った場所が狙い目だ。田んぼの畦道なんかも要注意。

 僅かに2㎝ほど氷が残っているようなところを歩くので、ちょっと坂になっていたりすると滑って転びそうになる。

 そう言えば去年ここで派手に滑って転んで、お尻に大きな青あざができたんだ。僕は本当にどうしようもない運動音痴だからなぁ……。

 今年は去年の反省から、転んでもお尻が濡れないようにナイロンのズボンを二重に穿いて来たんだ。それと青あざができないように、お尻の周りにクッション代わりの腹巻をしっかり巻いて。僕は転んでもただでは起きないのだ(そのせいでちょっと動きにくいのは、まあ、目を瞑ろう)。


 などと思いながら歩くこと十数分。あったあった。黄緑色の頭がちらっと見える。

 見つけた、今日のターゲット。

 これが花咲く前のつぼみなんだと知っている人は案外少ない。

 地下茎が横に伸び、花茎が先ににょきっと出て来る。そしてたくさん集まった蕾の集合体を収穫する。これがフキノトウだ。

 そして、忘れたころに葉柄が出て来る。これが所謂フキ。

 どちらもアルカロイドを含むので灰汁抜きしてから調理するけれど、山菜なんて多かれ少なかれ何かしらを含んでいるから、いずれにしてもみんな灰汁抜きは必要。

 毎年の事だから慣れたもんだ。幸い重曹は我が家にはいくらでもあるし。


 慎重に歩みを進めて近くまで行くと、あるある、たくさん!

 これだけあったら天ぷらにして、お浸しにして、ああ、パスタの具にしても美味しいんだ、それから蕗味噌、これが一番のお楽しみ。

 山の神様、今日はフキノトウを分けてください。

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