第9話 野点

 今日は神社に来ている。初詣に和服で参拝した、あの神社だ。

 そして、あの日と同じように、隣には陽向先生がいる。

 ここで野点のだての会があると聞いたので、思い切って陽向先生を誘ってみたんだ。そう、あのバレンタインの日の約束があったから。

 陽向先生、それはそれは喜んでくれて、「和服の方がいいかしら」なんてソワソワしていたけれど、そもそも野点は言ってみればピクニックのようなもの、初詣とは違って形式ばる必要もない。「僕は普段着で行きますよ」と言ったら安心したように「じゃ、私も」なんて言っていたけれど……。


 来てみて驚いた。この人の普段着って、こんな感じなのか。

 春らしい淡い萌黄色のワンピースにサンドベージュのローヒールパンプス。いつも後ろで一つに結んでいる髪を下ろして、サイドを少し編み込んで後ろで留めている。

 膝丈のフレアスカートの裾が、歩くたびに上品に揺れる。

 一体どこのお嬢様だろうかと目を疑った。


「陽向先生、和服の時も驚きましたけど、オフの日は何と言いますか別人ですね」

「えっ、変ですか?」

 オドオドと胸の前に手を組む仕草は、きっと自信がない時に自然に出る癖なんだろう。

「いえ、そうじゃなくて。見違えるほど華やかで、目のやり場に困ります」

「まあ、葉月先生ったら、お上手」

 本気で言ったんだけれど、社交辞令だと思われてしまったのかな?

 でも、赤くなって俯いているところを見ると、まんざらでも無さそうだ。もしかして、照れ隠しですか?


「まずは参拝して行きましょうか」

「そうですね」

 初詣の日と同じルートで拝殿に向かう。今日は人の姿もさほど多くない。

 正月の事を思い出すと、つい笑ってしまう。

「どうしたんですか、急に」

「初詣の日の事を思い出してしまいまして」

 僕がくすくす笑っていると、陽向先生はあの日の事を思い出して恥ずかしくなってしまったのか、「もう、葉月先生ったら」と両手で顔を隠してしまった。


 それから僕たちはスムーズに参拝を終え、野点の会場に向かった。

 途中、お札授所が見えたので、お守りを授けて貰おうということになって、行ってみたのだけれど。

 そこで僕は運命の出会いをしてしまった。石でできた勾玉の根付に、一目で魅了されてしまったんだ。小指の第一関節分ほどの小さな勾玉、なんと可愛らしいんだろうか。

 僕が瑪瑙めのうで作られた勾玉を手に取ろうとした瞬間、なんと陽向先生もそのすぐ隣にあった翡翠ひすいでできたそれを手に取ったんだ。

「あ……」

「陽向先生もですか」

「葉月先生も」

「僕は石に目が無くて」

 結局僕は瑪瑙、彼女は翡翠の勾玉を授けて貰ったんだ。

 歩きながら僕たちはそれぞれの根付をカバンにぶら下げた。

「翡翠、今日のワンピースの色に合ってますね」

「葉月先生も、瑪瑙がその飴色のカーディガンに合ってますよ」

 あ、ほんとだ。くすくす。

「お揃いですね」

 僕が何気なく言うと、陽向先生は少しはにかむように微笑んだ。

 その笑顔を見た僕は、なんだかソワソワと落ち着かなくなってしまった。

「あっ、あそこですね。赤い傘と毛氈もうせんが見えますよ。行きましょう」

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