第11話 母の日
朝、庭に水を撒こうと外に出たら、目の覚めるような青紫が視界に飛び込んできた。
今年も咲いた、琉球朝顔。
とにかく早い。
五月に咲き始めて、十二月まで咲いている。
久しぶりだね。待ちくたびれたよ。
朝顔さんはこちらを向いて「待たせてごめんね」と言った。
夏になれば
**
この青紫を見ると思い出すのがアガパンサスだ。
アガパンサスはあと二週間くらいすると咲き始める。
すっと伸びた茎、涼し気な色合い、凛とした立ち姿。
この花を見るたびに母を思い出す。
きっと今でも偶に和服を着ているんだろうな。
ああ、そう言えば『母の日』を忘れていた。
最近電話もしていない。
どうせかけたところで「どうしたの。何か用?」って言われるだけなんだけれど、たまには声を聴かせるのも親孝行だろうか。
久しぶりに帰省して、直接カーネーションを手渡すのもいいかもしれないな。
驚くだろうな。「天変地異の前触れ?」なんて。
そろそろ孫の顔が見たいなんて言い出しかねないから、それもちょっと切り返しを準備しておかなければならないけれど。
**
小さい頃は母の日にカーネーションを持った母の絵を描いてプレゼントしたっけ。
どこから見てもチューリップなんだけれど、自分ではカーネーションのつもりで描いていて、母もそれをわかっているから「カーネーション綺麗ね」って言ってくれた。
クレヨンで描いたそれを母はずっと大切に持っていて、僕の成人式の日に出して来て見せてくれたんだ。
僕はそれを描いたことを覚えていたけれど、僕の記憶の中ではもっともっと上手に描いていた筈なんだ。「なんでチューリップなんだ」って言ったら「あら、クロードはこれがカーネーションに見えないの?」って言われてしまった。母は当分越えられそうにない。
**
母の母、おばあちゃんはどうしてるかな。
今頃フランスは初夏の花で大賑わいだろう。
玄関先を彩る優しいミルクティ色のジュリアと、アーチを華やかに縁取る赤い一重咲きのカクテル。僕の大好きなバラたち。
庭を鮮やかに飾るのはブルーのデルフィニウムと空色のカンパニュラ。花火のような白いレースフラワーとローズピンクのペンステモン。
足元にはエリゲロンとネモフィラ、それとカンガルーポーなんかもあったっけ。
アーティチョークの大きな蕾をおばあちゃんが料理してしまうから、一つでいいから咲いているのが見たいって我儘言って咲かせたことがあったな。
そうそう、おばあちゃんの庭にはマロウが咲いていて、マロウティーをよく淹れたっけ。ウルトラマリンの深い青なのに、レモンを入れると途端に鮮やかなローズピンクになるんだ。手品みたいで面白かった。こんなところでも科学の実験やってたんだなぁ……くすくす。
**
今年の僕の庭にはどんな友達が来てくれるんだろう?
そう思った矢先に、目の前をオレンジと黒の派手な化粧をしたツマグロヒョウモンの幼虫が横切って、私の前でふと立ち止まると、こちらを一瞥してまた行ってしまった。
ようこそ、僕の庭へ。
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