第26話

味をしめた僕は学校のあらゆる場所で「すれ違い作戦」を実行し、学年を問わず色々なタイプの女子と遊びに行った。彼女たちは僕に連絡先を渡そうとあの手この手でコンタクトを取りにきた。少女漫画よろしく下駄箱に小さな手紙が入っていた時はちょっとドキッとした。ある時は友達に背中を押されながら、ある時は通学路で僕が一人になるのを見計らって。まるでヒロインに想いを寄せられる主人公みたいで、自分がイケメンになった気さえして、もう楽しくて仕方がない。


しかし、事件は起こった。

放課後、部活を終えて部室で帰りの支度をしていると、航太《こうた

》に手招きされた。

「なに?」

「帰りの挨拶が終わったら、話がある」

いつも冷静でポーカーフェイスな航太だったけれど、その時の顔には鬼気迫るものがあった。有無を言わさぬ雰囲気に僕はただ「わかった」と頷いた。

部長や先生の話は半分も頭に入らず、何か航太を怒らせるようなことをしてしまったのではないかと、そればかり考えていた。最近の僕の行動でお咎めがあるとすればもちろん惚れ薬を使って遊びまわっていることだろう。でも明らかに付き合っている人がいるような噂のある子には使っていない。ただ、航太が惚れ薬を使っていることを知らないとは言え、毎週のように違う子と遊びに行っているという事実はお行儀がいいとは言えない。航太は風紀委員というか僕らの保護者みたいな所があるから、スポーツマンとしてとか中学生としてそんな振る舞いは慎めと注意しようとしているのかもしれない。それとも、ひかるの告白の結果を勝手に聞いたとこを怒っているのか。これについては僕もちょっとまずかったかなと思っている。しかもまだ航太にそのことを言っていない。僕の知らないうちに光と航太の間でその話が出て間接的に知ったとしたら、たしかに航太にしてみたら面白くはないはずだ。でも、友達なのに何でもかんでもどちらかの顔色をうかがってなんて無理だし変だよ。

あぁ、どうしよう。

ぐるぐると不安要素をほじくっている間に帰りの挨拶が終わり、下校の時が来た。航太の方を窺うと、むこうもこっちを見ている。


「よっし、帰ろうぜ~」

「光、悪いが晴人と少し話したいことがある。駐輪場で待っていてくれないか?」

「なになに~?俺サプライズでもされちゃうの?」

「安心しろ、それはない」

しばらく談笑した後、光は先に駐輪場へと向かった。僕たちはその場に残っていたが、なかなか話出そうとしない。航太は周りに人がいなくなるのを待っているようだった。周りから見たらどんな風に映っているのだろう。お説教しようとするしっかり者とそれにビクついている情けない奴かな。僕はとても居心地が良くなかった。するとようやく航太が口を開いた。

「急に呼びつけてすまない。同じクラスの女子にこれを渡すように頼まれたんだ」

そう言うと薄ピンクのいかにもな封筒を差し出した。

「あ、あぁ。そうなんだ、ありがとう」

僕は一気に肩の力が抜けた。そして航太とその可愛らしい封筒とのギャップも手伝って思わず笑ってしまった。

「びっくりしたー。航太ったらすごい怖い顔で話があるなんて言うから、何か変なことでもしたかと思ったよ」

「晴人、実はもう一つ聞きたいことがある」

「へっ?」

「お前、最近色んな女子と遊びまわってるって噂じゃないか。これもその一人なんだろ?」

航太は真剣な表情のまま、僕を見据えていた。やっぱりそうきたか。これじゃ本当に先生か親みたいだな。

「うん、まぁ、そんなとこじゃないかな」

「そんなとこ?他人事みたいな言い方だな。晴人から誘ってるんじゃないのか?」

「うん・・・」

ちょっと良心が痛んだ。厳密に言えばこちらから働きかけているのだけれど、それを教えるわけにはいかないし、はっきりと僕から遊びに行こうと声をかけてるわけではない。あくまで連絡先をもらったから礼儀として返事をしている、といった受け身のスタンスなのだ。

「そうか・・・」

航太はそう言うと、少し表情が緩んだ。しかしそんな反応とは裏腹にじっと黙り込んでしまった。何か迷っているのか、上を向いたり頭を掻いたり落ち着きがない。様子がおかしい。

「僕から誘ってると、何か問題があるの?」

「いや、何と言うか・・・」

急に歯切れが悪くなり、言いたいことがあるのかないのかよく分からない。怖い顔で呼び出しておいて、聞きたいことだけ聞いて肝心なことを曖昧にされているような、そんな気がしてきた。さっきまで無駄にびくびくさせられたし、いい迷惑だ。

「言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれよ」

「本当に、晴人からは誘わないか?」

またそれか。時間稼ぎに同じことばかり聞いて要点を言わないつもりなんじゃないだろうか。そう思うと余計にイライラした。

「だから、そう言ってるじゃん。ていうか僕は女の子を誘っちゃいけないわけ?」

「そんなことは言ってないだろ」

「言ってるよ!じゃあ何だってそんなに聞くのさ?僕がモテたらおかしいかよ!」

「落ち着け、そんな話をしたいんじゃない」

「変に濁さないではっきり言えばいいじゃん。誘っちゃいけないんだろ?」

航太がまた少し考えこんだ。そして拳をぎゅっと握り締め、意を決したように僕の目を真っ直ぐに見た。

榎原えのはらさき、あいつには手を出さないでくれ」

「えっ?」

突然過ぎて一瞬誰のことを言っているのか分からなかった。まさか航太の口から学年のマドンナ、僕の目下の目標である榎原さんの名前が出るなんて思いもよらなかった。ぽかんとする僕に航太は話続けた。

「あいつは、俺の許嫁なんだ。親の意向とはいえ、そういうことだから、頼む」



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