第15話

「これで今日の練習は終わりです。お疲れさまでした」

「お疲れ様でした!」

ダウンをしている最中から心臓がドクドクと鳴っていた。別に木の下のことが好きなわけじゃないのに。見られてはいけない、失敗できないという緊張感が胸をわしづかみにしているのだろう。

「お前、どうせ宿題終わってないだろ!」

「終わってるし」

「嘘だぁー」

ガヤガヤと部室に向かう部員や水道で順番待ちをする部員達に目を配りながら、いつもよりノロノロと歩きできるだけ後ろの場所を維持する。メニューをこなした後、こっそり部室へ戻り惚れ薬をシューズ入れの袋の中に忍ばせておいた。

晴人はると、どした?」

「えっ?!」

不自然に思い切り振り向いた。ひかるが不審そうに僕を見ている。しまった。

「お前今日ずっとそわそわしてね?何かあった?」

「いや、別に、なんか明日から学校かーって思って、あと、そう、宿題忘れてないかちょっと不安で、なんか、さ」

明らかにしどろもどろになってしまったけれど、光も何故だか急に上の空にで「あー、そうだなぁ」とか何とか言いながら部室の方へ去って行った。そっと胸を撫で下ろし、再び水道付近の部員達の様子をうかがっていると今度は航太こうたと目が合い、こちらに近づいてきた。この二人のことを計算に入れるのをすっかり忘れていたのは盲点としか言いようがない。

「今日の光、何だか変だと思わないか?」

「え?あぁ、まぁ言われてみればさっきも・・・」

航太によると、ストイックに走っているかと思えば、ふとした休憩やインターバルになると心ここにあらずといった具合で、どこかふわふわしていたらしい。ただ、口数が少ないかと言われればそうでもなく、妙に明るく喋りまくる時もあって様子がおかしいと感じたのだとか。自分のことで頭がいっぱいで、全く気が付かなかった。

「夏祭りの時、何かあったのかな?」

「可能性はあるな。だとすればあいつが話すまで様子を見よう」

光への罪悪感も手伝って、気付けば航太と順番待ちをする流れになっていた。そして案の定木下が列から外れた所に立っていた。すでに靴も靴下も脱いで準備は万端なのに、使う気配はない。

「先輩お先にどうぞー!あたし、時間かかるんで」

「あ、あぁ。ありがとう」

皆部室に入ったか、早い奴は帰り始めていた。もうここを使っているのは僕と航太と木下だけだ。シューズ袋を一旦濡れない場所へ避難させ、木下の気配を感じながら水をがぶ飲みした。顔を洗ったり時間を稼ごうとしたが早々に済ませた航太が律儀に待っている。まずい。頭をフル回転させたがこれ以上長居するのはさすがに何かあると感ずかれてしまう。

「お待たせ」

僕はしかたなく航太と連れ立って部室へ行った。普段汗拭きシートで済ますところを無駄に水でバシャバシャと洗ったものだからTシャツが濡れまくっていた。そんなことより、僕の計画が一気に崩壊してしまった。どうしよう。とにかく早く着替えて木下が一人でいるうちに惚れ薬を・・・。そう思ってシューズ袋に目をやろうとしたが、あるはずのそれがない。

「やべっ!」

僕は脱兎の如く部室から飛び出した。

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