第16話
部室の扉を開けてすぐ横を見ると、ストレッチや筋トレをするスペースが目に入る。コンクリートでできた小さな舞台のような形で腰かけたり物を置いたりできるその場所に、僕のシューズと惚れ薬が入った袋が置いてあるはずだった。しかし、最も見つけて欲しくない人物が手にしていた。
「これ誰の?えっ、香水?」
何の躊躇もなく木下が袋の口を開け、中身を確認していた。
「あっ、先輩!もしかして、先輩のですか?」
「え、あ、うん、ありがとう!忘れてた!」
ここは有無を言わさず取り返してまた次の機会にしよう。僕は諦めて木下の手にあるシューズ袋へ素早く手を伸ばした。しかし、虚しく空を切る。
「待って待って!じゃあこの香水もですよね?何々?」
木下が身を翻し、容易く僕を避けると面白がってあの小瓶を取り出した。彼女は完全にオーデコロンのようなお洒落なものと勘違いしているらしく、どうやら僕みたいな男子が持っていたのが可笑しかったらしい。僕だってそういうのが気になるお年頃なんだから、失礼な話だが実際は違うし仮にそうだとしたら多少恥ずかしい。でも彼女の手に握られたそれは、そんな身だしなみグッズの比にならないくらいおおっぴらにできない代物だ。しかも当の本人に取られてしまっている。僕のうろたえ様は推して知るべし。そんな僕の様子が木下の悪戯心をさらにくすぐった。
「先輩も臭いとか気にしてるんですね~。あっ、好きな人ができたとか?」
「違うよ!とにかく返せ!」
「教えてくれたら返してあげますよ~」
僕も舐められたものだ。後輩の女の子にこんな仕打ちを受けるなんて。ただ、あまり意地を張っている場合でもない。他の部員が帰りの支度を終えていつ出てくるとも限らない。何とかしてこの場を治めないと。僕は頭をフル回転させた。
「ねぇ、ねぇ、誰なんですか?」
「それは、あれだ・・・足の消臭剤だ!」
木下の表情が一瞬固まる。
「消臭剤?ですか?」
「そ、そうだよ」
「えー、つまんない」
「そんなの知るか。俺の足は臭いんだよ。悪いか!分かったら返せ!」
半ばやけくそ気味に言い放ち、勝手に興醒めしている木下の手から袋と小瓶をひったくる。彼女ももう抵抗せず、すんなり手を離した。
「でも、そんな可愛い色の使ってるんですね」
「うるさい!早く準備しろ」
顔を真っ赤にした僕に木下が悪戯っぽい笑みを残して、背を向けた。
今だ。
シュッ
そっと近づいて、背中に一噴き。
木下は振り返る素振りも見せず、そのまま部室の中へ入っていった。
しばらく呆然と立ち尽くす。僕にこんなとっさの判断ができるなんて。
慌てて回りを見渡した。部室から一段下の方に広がる校庭で、何人かが遊んでいたが幸いこちらには気が付いていないようだ。
まだ心臓が大きく揺れていた。
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