第29話
夢か現か。僕は授業の間も部活の最中も一目惚れの余韻に浸り、羽が生えて飛んでいけそうなくらい軽やかな気分だった。会う人会う人に「良いことあった?」と聞かれたけれど、教えてなるものか。これから始まる僕と先輩との、密やかな逢瀬は誰にも邪魔させない。誰にも。しかし、昨日の今日であからさまに浮かれている僕を、航太だけは怪訝な顔で迎えた。
「心配しないで」
何とは言わず、目配せをする。
「信じるぞ?」
「もちろん!」
午前中まであんなに航太のことで心の平穏が乱されていたのに、今は航太の対して榎原さんと二人、よろしくやってくれとさえ思っている。昨日の僕とは違う。僕は何でも受け止めることができたし、何でもできる気がした。
ドキドキする胸を抑えて家に帰ると、あの惚れ薬を出してくる。最近せっせと使っていたから、三分の二くらいまで減っていた。もらった時はまさかここまで使うとは思わなかったが、あのおばあさん只者じゃないのかも。航太と光の二人に負けて、天敵の犬にも追いかけられたし、普通の肝試しの倍くらい怖い思いもした罰ゲームだったけど、こんなすごいおまけが付いてきたんだから感謝しなくてはと、僕は思った。もしかしたらあの時の参拝でのお願いが聞き届けられたのかもしれない。あまの先輩と結ばれた暁には、お礼参りに行かなくちゃ。
「僕はー、魔法の薬で女の娘を吸い寄~せるぅ~♪」
ベッドに寝転んで、お気に入りのすかんちの曲を口ずさむ。
「百発百中、必ずもーのーにしーて~♪だけど・・・」
僕は歌うのを止め、落ち着いたばかりのベッドから跳ね起き、桜色の惚れ薬を引っつかんで見つめた。
「こういうのって本命には効かないのが鉄則じゃない?」
今まさに歌った「恋のマジックポーション」でも、本当に好きになった女の子に利かなくて慌てふためく歌詞がある。どうしたらいいの、と。僕は血の気が引いていく嫌な感覚を抑えることもできず、じっと口に手を当てたまま座り込んで考えた。
どうする?
このままセオリー通りに自力で先輩のハートを射止めるか?
まぁ、それがベストだとは思うけど。
でも実際問題、惚れた子にだけ効かないなんて逆に都合よすぎなんじゃない?
ただ、惚れ薬自体がだいぶ都合のいい代物なのもまた然り。
とはいえ、せっかくあるんだからやっぱり、使わなきゃもったいないじゃん?
次の日、僕は休み時間になると一目散に図書館へ行った。あまの先輩のピアノの音を聞いたことがあるのがここしかなかったから、自然と足が向いた。入り口の近くに置かれたおススメの本をなんとなく見ながらあの音色を待った。しばらくすると案の定ピアノの音が微かに聞こえてくる。待ち構えていたことを悟られないよう、図書委員に怪しまれないよう少し間をおいていざ音楽室へ。右手に桜色の惚れ薬を握り締めて。
窓の外ではしとしとと雨が降っていた。それに呼応するように昨日とは違う少し悲しげな曲だった。
「今日も弾いてるんですか?」
声が小さかったのか、またも僕には気が付いていないようだ。じっくりとピアノを弾く後姿にしばらく見とれてしまう。曲が転調し体が揺れ、黒い髪もさらさらと揺れていた。僕は唐突に今だと直観した。木下の時と同じ、考えるより先に足と手が動いた。細心の注意を払い、気付かれないようにそっと近づきしなやかな髪に桜色の惚れ薬を振りかける。
「柳瀬くん?」
僕が手を引っ込めるのとほぼ同時に先輩が振り返った。
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