第46話
駅伝大会が終わって最初の部活の日。
今年度の主要な大会は今回の駅伝で一通り終わった。とは言え雪が降るにはまだ早いし、変わらず放課後になるとグラウンドへ向かった。
アップを始める前、いつものように整列し顧問の高橋先生からメニューなどを聞いていると、話が終わるかと思ったタイミングで突然ポンッと手を叩いた。
「さて、ここで一つ表彰式をしようかね」
電車の関係なのか何なのか、毎年駅伝大会はよっぽどのことがないと閉会式には出ずにそのまま帰る。今回は部長が最優秀選手に選ばれたようで、車で現地集合した面々は閉会式に出席し、入賞した僕らの分の賞状も受け取ってきていたのだ。
他の部員たちが並んでいる列から一歩出て、Aチームのメンバー一人ひとりに賞状が手渡される。その度に拍手が起こった。僕の番が来て、同じように祝福されながら、たぶん陸上部に入部してから初めて賞状をもらった。
同じく入賞を果たした女子部員への表彰も終わり、高橋先生に促されて各々賞状を部室へ置きに行った。
「
興奮冷めやらぬ僕は以前のように気軽に声をかけた。しかし、こちらをチラっと見ただけで何事もなかったように賞状を丁寧にしまう動作に戻った。仕方がないのでその背中に向かって話しかける。
「あのさ、航太。試合の時、走る前声かけてくれてありがとう」
「・・・」
「おかげですごくいい走りができたし、それに、」
「チームに迷惑をかけるわけにはいかない。それだけだ」
「え?」
航太がゆっくりと振り返り僕を見据える。その顔には、何の感情も見ることができなかった。そして、はっきりとこう言った。
「お前を許した覚えはない」
その日の部活は一変して体が重かった。ただ、そんな変化を悟られまいと表情は努めて明るく、笑顔でいた。
家に帰ると、はるかさんからメッセージが届いていた。ベッドに身を投げ、内容を確認する。
はるか:部活お疲れ様!私は塾から帰ったところだよ~
柳瀬:はるかさんもお疲れ様です!こないだの駅伝で入賞した時の賞状もらいましたよ!
ピロリンッ
ほどなくして返事が返ってきた。
はるか:一応受験生やってます笑 そっか!おめでとー♪
柳瀬:そういえば週末大丈夫ですか?大事な時期だったりしません?
ピロリンッ
はるか:受験生にも息抜きは大事だし、今がラストチャンス的な?なので、心配ご無用!
柳瀬:では遠慮なく笑 映画、何時頃のやつにします?
ピロリンッ
はるか:そうだな~、お昼の前に行こうか?食べてからだと眠くなっちゃうかも笑
彼女とのやり取りに夢中で、この時だけは嫌なことの全てを忘れることができた。さっきまでお腹に石でも入ってるのかと思うほど重かった体も、気持ちと一緒に軽くなったみたいだ。自分でもちょっと、あれだなって思うけど、抗うことのできない幸福感に包まれていた。僕の心は、ふわふわふらふら彷徨って、踊ってるのかもしれない。
次の日の放課後、グラウンドへ行くと練習メニューが書かれたノートの周りで何人かがすでに集まって、何やら楽しそうに話していた。
「どしたの?」
「今日、鬼ごっこだって」
「あー、そんな時期かぁ~」
冬になると専門の練習というのはめっきり少なくなり、オフシーズンに入る。その間に何をするかというと、筋トレとかミニハードルやら簡易梯子みたいな道具を使った細かなトレーニングとか、要は色々だ。
ルールは普通の鬼ごっこだけど、その範囲は建物内以外の構内全てで、鬼はリレーで使うバトンを持っている。そして面白くも恐ろしいポイントとして鬼が複数人いる。さらに演技派な先輩なんかが長袖の中にバトンを忍ばせ、「鬼じゃないよ~」という顔をして巧妙に近づき、隙を見せたところでおもむろにバトンを取り出して一瞬のうちに距離を詰めて鬼にされるといったことが起こるので、気が抜けなくて本気になるからめちゃくちゃ楽しいのだ。
最初の鬼はじゃんけんで決める。今回は学年ごとに一人ずつで、鬼は三人ということに決まった。
「まじかぁ・・」
あれよあれよとじゃんけんに負けた僕は、二年生の鬼になってしまった。十数えて皆が逃げている間に作戦を考える。持久戦に持ち込めれば勝機はあるものの、瞬発力に勝る短距離選手に早い段階で気づかれたら追いつくのは難しい。できるだけ距離を縮めた状態で相手に気づかれずにタッチを狙う。僕は「存在を消す」という作戦でいくことにした。
十五分後。
口で言うのは簡単だけど、それが成功するかどうかはまた別の話。当たり前か。
見つけては見つかり見つけては逃げられを繰り返し、すでに握っているバトンが人肌に馴染んでいる。
しかし、僕にはもう一つ作戦があった。走り回るにはちょっと狭いけど隠れるのはちょうどいいポイントで、高みの見物を決め込んでいる輩を狙うのだ。もちろん「存在を消す」作戦も継続して。
「やっぱり・・・」
予想通り、そこには悠々と腰を下ろして休んでいる女子部員が一人。
幸い油断していると見えて、僕には気が付いていない。抜き足差し足で、ゆっくりと近づく。
バサバサッ
僕の視界の外で鳥が飛び立っていった。
しまった、と思った次の瞬間には木下がこちらを向いていた。
しかし座り込んでいたせいか反応が遅れていた。
僕は思い切り地面を蹴った。
「ちょっと待った!」
「待たない!」
「ハグ!」
「は、はぐ?」
頭が混乱して足を止めてしまった。
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