第45話
女子はこの部で唯一県大会突破レベルの実力を持つ部長が、アンカーでごぼう抜きをして他校や沿道で応援する人達を驚かせた。惜しくも優勝とはいかなかったが、三位入賞を果たした。そんなわけで歓喜に沸く女子部員に背中を押されながら、僕を含む男子のレギュラーメンバーもレースの準備を終えてスタートに備えた。
一人三kmのコースを繰り返し走るため、スタートとゴールは全ての走者が同じ。次の走者は会場となっている中学校の校庭に設けられた三〇〇mほどのトラックの内側で待機する。直前までウィンドブレーカーを着ているので、それを持ってくれる付き添いの部員がいたり、スタート地点は常に人がたくさんいるような状態だ。
僕は三走を任されていた。男子のレースが始まり、テントの中でもトランシーバーが状況を次々と伝える。Aチームはいい位置でスタートを切れているようだ。僕が走るまではまだ少し時間があったが、順調な経過が耳に入る度に緊張が高まって全く落ち着かない。ブルーシートに座り込んで何とかリラックスしようと努めた。
「おい、また硬くなってるぞ」
突然上から声が降ってきた。驚いて振り返ると
「え、あぁ・・・」
「さっきからずっと右の足首ばかりほぐしてる。落ち着け」
「嘘!?気づかなかった、ありがとう」
表情は硬いままだったけれど航太から話しかけられたのが一ヵ月ぶりくらいで、朝の電車の一件といい良い兆候なのかもしれない。トランシーバーから一走の先輩がラスト1km地点を通過したとの一報が入り、二走の航太はそのまま付き添いの後輩と共にスタートへと向かっていった。
ウィンドブレーカーの下に着ているユニフォームにゼッケンが付いているか確認し、軽く体を動かしながら航太が帰ってくるのを待った。入れ替わるようにBチームの一走を任されていた
校庭のトラックに航太が入ってきた。しかも順位を上げてきている。
「航太!ラスト、ラスト!」
僕は手を挙げて大声で呼んだ。
襷を握りしめた航太が真っすぐ向かってくる。
「お疲れ!」
襷を受け取り労いの言葉をかける。
走り出す瞬間、僕の背中がグッと押されるのを感じた。
先輩や航太が繋いで持ってきてくれたこの順位を、僕は何としても維持しなければ。
それが自分に強いた最低条件だった。
前を走る選手の背中が小さく見える位置で最初の一kmに差し掛かる。見知った部員の顔が目に入った。
「柳瀬くんガンバー!」
「ここまで3分台で来てるよ!その調子!」
レースを終えた女子部員達が、通り過ぎるまでの短い時間で精いっぱいの声援をくれる。僕の実力からして少しオーバーペース気味だったけど、このまま彼の背中を見失わないように走ることを意識していくことにした。
リズムを崩さないよう呼吸を刻んでいく。
時間はすでに午後の一時をまわっていて、日差しが強くなってきた。
時折吹く風が、火照った身体に心地いい。
何とか前の選手の背中を視界に捉えたまま次のポイントまで来た。
中間地点には顧問の高橋先生がメガホンを持って待ち構えていた。
「柳瀬ー!後ろ来てるぞ!お前ならもう一段ギア上げられる!前のやつ狙ってけー!」
先生からの矢継ぎ早の指示に、思わず後ろを振り返る。
前の選手より大きく、迫ってくるのが見えた。
振り切れるのか?そして追いつけるのか?
弱気になりそうになったけれど、僕は自分に課した条件を思い出す。
覚悟を決めて、ギアを上げた。
ラスト一kmを切った。
口が開いて肺が悲鳴を上げ始めている。
前を行く背中が大きくなってきた。
ただ、後ろから聞こえる声援で着実に距離を詰めてきていることも分かった。
「先輩ラスト、ガンバでーす!!」
「柳瀬!いけー!」
ここまできたら、もうどうにでもなれだ。
僕はスパートをかける。
背中がまた少し大きくなってくる。
いける。
僕はぴたりと後ろにつけた。
そのまましばらく並走しゴールの学校へ。
最後の力を振り絞って相手を抜きにかかる。
しかしそこは相手も同じ。
激しいデッドヒート。
先に限界が来たのは僕だった。
倒れこむように四走の先輩へ襷を渡す。
「晴人!お疲れ!よく頑張ったなぁ!」
すぐさま光がウィンドブレーカーを持って来てくれた。
ちょっと悔しかったけど、役割を果たすことはできた。
今年初めて自分で決めた目標を、達成できた。
へろへろだったけれど、ものすごく清々しい気持ちだった。
色々なことが好転していっているような、何もかも上手くいくような、そんな気さえしていた。
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