第54話
あの時?男の子?会ったことがある?僕は混乱した。
「小学校にあがる前、私、犬に追いかけられて、道端でヘたり込んでたところを助けてもらったことがあるの。突然どこからともなく現れて私を守ってくれたその人は、本当にヒーローみたいで、かっこよくって。私がその時、スカート履いて髪も伸ばして女の子みたいな格好をしてたら、そんな勘違いは起きなかったんだけど・・・私、グレーの無地のTシャツとかジーパンとかばっかり着てて、髪も短くて、小柄な男の子にしか見えなかったから」
はるかさんが語りだした内容に僕のトラウマが蘇る。
「ちょっと待って、たしかに僕にもそんな思い出があるから、可能性はあるけど・・・その子は引っ越しちゃったし、それに、名前だって“ゆう”だったんです。だから、きっと・・・」
感動的な再会をぶち壊してしまう未来が僕には見えた。でもこれは絶対に曖昧にしちゃいけない。もうこの人に嘘はつかないって決めたんだ。
しかしはるかさんの表情は変わらないどころか、構わず膝に抱えていたカバンの中を探りだした。
「これ、見覚えない?」
その手には僕が小さいころ夢中になっていた戦隊ヒーロー、忍者レッドの人形が握られていた。間違いない。僕があの子にあげたものだ。
「じゃあ、本当に・・・・」
「私の名前、なんて書くか知ってる?」
突然話題が変わる。でも、たしかに聞かれて初めて気がついた。僕らはアプリでのやりとりしかしていないし、彼女のアカウント名は平仮名で「はるか」。漢字でどう書くか知らなかった。
「こう書くの」
そう言っていつの間にか取り出されていた小ぶりのメモ帳とボールペンで彼女は自分の名前を書いた。
天野 悠
「私も嘘、ついてたの。私の名前、はるかじゃなくて、ゆうなんだ」
僕の頭はパンク寸前だ。
彼女の顔を見つめることしかできない。
そこにふと、幼い頃に会った小さな「ゆう」の面影が重なる。
はるかさんは話し続ける。
「さっぱりした性格だし髪もショートカットが好きだった。周りからは美少年だなんだって言われて、お母さんも私がそれでいいって言うから気にしてなかった。でもあなたに会ってから、お姉ちゃんたちが友達の家って言ってたけどたぶん好きな男の子のとこに遊びに行くって、可愛い服着せてもらって嬉しそうにしてるの見て、羨ましくなったの。初めてカッコいいって思ってドキドキした男の子に、可愛いって言って欲しかった。私が突然スカート買ってって言い出したから両親はびっくりしてたけど、なんか安心した顔してたし、引っ越した先の小学校では晴れて公私共に女の子扱いされるようになったってわけ。晴人くんと初めて会った時とは全然違う私になってたから、気付かなかった時はちょっと寂しかったけどすんなり納得できた」
はるかさんは一旦言葉を切り、喉を潤すかのようにカフェオレを飲んだ。僕もつられて紅茶を飲むと、少しぬるくなっていた。
「でもね」
「?」
「最近、今の私が本当の私なのか分からなくなってきたんだ。晴人くんのことが好きだったのは、本当なの。でも、晴人くんが好きな私って、何?私が好きだった晴人くんって?あの時私の中で私が勝手に膨らませた正義のヒーロー?」
はるかさん、いや、
「はるか」は、サバサバしたボーイッシュな「ゆう」ではなく、自分は女の子なんだと言い聞かせて作り上げた自分だった。僕が「ゆう」を男の子と言った時から、女の子としての自分に、僕が振り向いてくれるように。決して二重人格とかそいうのではないと繰り返した。きっかけは小学校に入学した時。今のように髪を伸ばし、スカートを履いていた悠さんは、先生に「はるかさん」と名前を呼び間違えられたのだそうだ。この時、男の子の格好をしていたから「ゆう」、女の子の格好をしていたから「はるか」なんだという認識が芽生えた。その頃から、例え男の子に「ゆうちゃん」と呼ばれていても心の中で「はるか」でいれば可愛い自分でいられた。
小学校を卒業した年、再び親御さんの転勤で僕の住む町の近くに引っ越すことになった。本来なら今の中学とは違う学区だったけれど、両親を説得し僕と同じ中学へ。しかし、学年が違った僕はまだ小学生。悠さんは悲しくて友達を作ろうともしなくなってしまった。それでもいつか会えると信じ、「はるか」でい続けた。だから次の年の新入生に僕の姿を見つけた時は、本当に嬉しかったのだという。ただ、ここへきて「はるか」として振舞っていたことが不安要素へと変わる。声をかけたところで自分だと気づくだろうか?おかしな奴だと思われないだろうか?そのもやもやを紛らわすため、休み時間になると、小学校から習っていた大好きなピアノを弾きに音楽室へと通い始めた。そこに、僕の方から現れたのだ。これは運命だと、悠さんは覚悟を決めた。案の定僕は気づかなかったわけだけれど、悠さんにとってはむしろ男の子としての「ゆう」を隠してしまいたくなった。そして、僕に「天野はるか」と名乗ったのだ。
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