第55話
「でも、あなたが見ていたのは、私だけじゃなかった」
「それは……」
否定しようと思ったけれど、できなかった。
「責めるつもりはないの。ただ、もう、疲れちゃった」
悠さんは肩よりも短くなった自分の髪にそっと触れ、どこか満足そうに微笑んだ。
この短い時間で色々な情報が一気に押し寄せてきたせいで、頭がグラグラする。僕のトラウマの現場にいたあの小さな男の子が実は女の子で、さらに今目の前にいて、この半年近くずっと振り向いてもらおうと必死にやり取りをして告白しようと思っていた人で、ずっと僕のことを好きでいてくれただなんて。そして彼女が抱える問題の元凶は、他ならぬ僕。ここまで聞いて、僕にできることってなんだ?僕がすべきことって一体何なんだ?頭の中で何一つ整理がつかないまま、混乱と戦っていた。しかし、そんな僕をよそに、店に入ってきた時とはうって変わって、悠さんは柔らかくリラックスした表情でこちらをを見ている。
「そういえば、私の話ばっかりで肝心の
「もう分かってるんじゃないですか?僕の話」
「たぶんね。でも、これじゃ私がすっきりしただけだし、やっぱりちゃんと聞きたいな」
悠さんが言ったことを理解したくなかった。
この状況で、告白しろっていうのか?
振られると分かっていて?
怖い。
無理だ。
ごめんなさい話したくないです、そう言ってしまおうと頭を下げた時、
これじゃ、惚れ薬に頼っていた僕に逆戻りじゃないのか?
あの二人と全力で向き合ったように、僕は自分自身と悠さんと向き合わなければいけない。それも自分で決めたことだ。だから、今日こうして彼女と直接話す場を設けたんじゃないか。そう思ったら、ものすごく勇気がわいてきた。大丈夫、できるさ。
「僕、あなたのことが好きです」
顔を上げ、真っすぐ悠さんの目を見て言った。悠さんは笑っていた。
「ありがとう」
「え?」
「その言葉だけで、私はもう十分」
とても清々しい表情だった。でも、僕はもう一つ確認しなければいけないことがある。すべてきちんと言葉にして、言わなくちゃ。
「僕と、付き合ってくれますか?」
「それはできない」
「嫌じゃなければ、理由を聞いてもいいですか?」
先ほどよりは少しだけ悲しそうな目をして、悠さんは頷いた。
「私、父の転勤でまた引っ越すことになったの。だから高校もそっちの方に進学する。遠距離になっちゃうってこと」
「それだけですか?」
「待って」
悠さんが急に僕を止める。
「私も一つ聞いていい?私のこと、どれくらい好き?」
この人は今日いくつ爆弾を落とす気なんだろう。今度こそ頭が真っ白になりそうだった。でもあまり時間をかけて考えてたらどんどん嘘っぽくなってしまう。でもありきたりな例えでも伝わらない。僕は僕の引き出しを片っ端からこじ開けて、勝負に出た。
「ビー玉・・・ビー玉飲み込んでみせます!」
さすがに予想していなかったと見えて、目を丸くして驚いていた。一瞬、僕は奇跡が起きるんじゃないかと本気で期待した。
「ビー玉かぁ。もう一声!なんて言いたいところだけど、本当の理由はそこじゃないんだ。ちょっと意地悪したくなっちゃったの、ごめんね」
「やっぱり、ダメですか?」
「晴人くんがどうこうじゃなくて、私の問題なの。たぶん一緒にいたら、あなたのせいにしてしまうから」
「僕にできることはないんですね」
「そんなことないよ。あなたと過ごした恋人みたいな時間は、偽りなく幸せな時間だった。私は与えられてばかりなんだもの」
僕たちは冷めてしまったカップの中身を飲み干し、店を出た。そして、笑顔で別れた。
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