第35話

それから学校では休み時間の二十分だけ、音楽室ではるかさんのピアノを聴いたりして過ごし、家に帰ってからはアプリを使って他愛もない話をするという毎日だった。それは良いのだけれど、僕の心に重しのようにのしかかった問題はまだ解決していなかった。僕にバラ色の毎日をもたらしたあの小瓶。いよいよお役御免という時になって、その姿をくらましてしまったまま今日まで見つかる気配はない。さらに数日前から誰かに見られているような気がするのだ。最初は「すれ違い作戦」でお近づきになった女の子の誰かが、最近ちっとも連絡をしていないことを良く思っていないからなのかと肝を冷やしたのだが、どうやらそうでもないらしい。それにしてはアプリやメールがはるかさんやひかるたち以外の名前を表示してこない。でも、音楽室を出る時や部活中なんかに視線を感じるのは確かで、ますます気味が悪い。まさか小瓶を拾った奴が僕の所業を知って・・・?


もやもやとふわふわを行ったり来たりしていたある日、光と航太こうたと一緒に部活へ向かう途中に風紀委員の三年生に呼び止められた。男女二人組で、風紀委員の腕章をしている。

「そこの君、ちょっといいかな?」

「え、俺っすか?」

「違う、背の高いひょろっとした君だ」

「・・・僕ですか?」

「そんなに怯えなくてもいいの。少し話を聞きたいだけだから」

そういって女の人の方が手招きした。

「ここじゃダメなんですか?」

「そうね、もしくはそのこ二人には外してもらえると助かるわ」

「ごめん、先行ってて」

二人とも何か言いたげな顔をした後、心配そうにこちらを見つめながら下駄箱へがある方へ歩いて行った。

「少し移動しましょうか。ここだと邪魔になってしまうから」

風紀委員の二人は下駄箱とは逆の方向、元来た廊下を戻る形で、下校する生徒たちがいなくなった廊下の隅に僕を誘った。

「で、話って何ですか?僕なんかしました?」

心当たりはなくもないけど、一応最近は素行が目に余るというようなことはないはずだ。本来の僕は平々凡々なもやし君なんだから。

「まず、確認のためにあなたの名前と何年何組か教えてもらえる?」

「・・・柳瀬やなせ晴人はると、二年三組です」

「ありがとう。ここからが本題なんだけれど、ここ二週間ほど休み時間に音楽室へ通っていますね?」

「・・・それが何か、問題ですか?」

「質問に答えるんだ」

「そうですけど、それが何か?」

まるで犯人を尋問する刑事と容疑者みたいだ。少しむっとしたけど、次の質問で僕には待った余裕がなくなった。

「いいえ、いいの。実はもう一つ聞きたいことがあって、その二週間の間に何か物を落としたりしていないかしら?」

え?あの、それは・・・」

「どうなんだ?」

「もう、そんな言い方しないで!」

「あ、あの、それってもしかして、瓶・・・だったりします?」

女の人の表情がぱっと明るくなった。

「ええ、そうなの!生徒会長の東堂とうどう万梨子まりこさんがそこで二年生の男子生徒とぶつかってしまったんだけど、その時彼の物と思われる小瓶を拾ったんですって」

「東堂さんはぜひ直接お返ししたいとおっしゃっている。明日の放課後、生徒会室に来るように」

そう言うと、二人は安堵の表情を浮かべてさっさと帰ってしまった。しかし二人存在などのすぐに頭からいなくなった。何でその可能性に気が付かなかったのか。気づいたとして行動に出られたかはまた別の話かもしれないけれど、冷静に考えれば自然な流れじゃないか。直々に返したいというのは多少引っかかったがこの際どちらでもいい。あの液体の本当の意味を知らない人の手に長いこと置かれることは、これで回避できるのだから。陸上部の練習場所へ行くと、光と航太に問い詰められたが練習が始まりそうなことも手伝って、大したことじゃなかったの一言で上手くおさまった。

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