第34話


光と航太には親から頼まれてることがあると言って早々に家路についた。すぐさま階段を上がって自分の部屋に引きこもり、ケータイを見るとチャットアプリの通知とメールの通知が来ていた。これはもしや。高鳴る胸を抑えつつ、アプリを立ち上げるとそこには期待通りの名前があった。メールの方も気になって開いてみるとこちらもだ。時間を見ると授業が終わって一時間も経っていなかった。家に帰ってすぐ送ってくれたのかと思うとにやにやが止まらない。ドキドキしながら本文を確認する。


件名:天野はるかです。

本文:やっほー。晴人君は部活かな?

   アドレス登録しました!よろしくね~♪


マジか。僕は大の字でベッドへダイブした。しばらくぼんやりと天井を見つめた。幸せってこんな気持ちなのかな、なんて思えるほどには今僕は幸せだった。好きになった人からたったこれだけのメールが届いただけで浮かれまくってる自分にびっくりしたけど、もう何とでも言ってくれ。僕のところにいつわりのない春が来ている。神様、僕の心は満開です。

もう少し浸っていたかったがチャットアプリのことを思い出し、慌てて起き上がりそちらも確認する。そこには承認待ちのメッセージが表示されていて、アカウント名は「はるか」。もちろん承認します。

メールにはひとまず届いていることと、自分も登録したことを簡単に返信した。たぶんアプリのほうが気軽にできるからメインはこっちだ。僕は細心の注意を払って文章を打ち込んだ。そして何度目かの確認の後、意を決して送信ボタンを押す。失礼だけど、今までの女の子たちとは比べものにならないほど緊張した。


承認してからメッセージを送るまでに時間がかかり過ぎだとか思われていないか?

変な誤字とかしてないか?

下心があると思われはしないだろうか?

この人だけには、嫌われたくない。

送った後もしつこく自分の文章を確認していると、画面に新しいメッセージがぴょこっと現れた。


ピロリンッ

はるか:「承認ありがとー!晴人くん今帰ったの?」


危うくケータイを落としてしまうところだった。こんなに早く返事が来るとは思っていなくて、文字通り飛び上がった。そしてメッセージにすぐさま既読のマークがつく。

「やべっ、ずっと見てたのがバレバレじゃん!」

待ち構えてたみたいで、なんかカッコ悪い。せめてもの悪あがきで、頭をフル回転させ親指がもげんばかりに返事を打つ。


柳瀬:「こちらこそ連絡ありがとうござます!

    はい、ちょうどさっき帰ってきたところです!」


ピロリンッ

はるか「そうでござますか笑

    部活やってるんだっけ?お疲れさま~」


柳瀬:「うっ、バレました?笑

    陸上部です!

    はるかさんピアノめちゃうまいけど部活入ってないんですか?


ピロリンッ

はるか:「見逃しませんよ笑

     へぇ~、足速いんだ?

     ありがと♪でも自由気ままな帰宅部なんですね、これが」


短いやり取りが絶え間なく続いていく。音楽室で会う時よりリラックスしているようで、すごく気さくな感じで話してくれる。また一歩彼女に近づけた気がして、僕の口角は上がりっぱなしだった。はるかさんはご両親の仕事の関係で何度か引越しをしているらしく、この町にも二年生の時に越してきたのだそうだ。なんでもおばあちゃんの家があって何度か遊びに来たことはあるのだという。そういう事情で何となく部活には入らず、時間のある時はああしてピアノを弾いて過ごしていたらしい。家にもあるけれど、ご近所などを気にせず弾けるのは気持ちがいいんだとか。そして話は大好きなショパンのことを話したり、僕の種目についても熱心に聞いてくれた。


どれくらいたっただろう。下の階から母さんの声がした。

「晴人ー!ご飯できたよー!」

「え、そんな時間?!」

「晴人ー?」

「はーい!今行くー!」


柳瀬:「すみません、ご飯できたみたいです!」


ピロリンッ

はるか:「あっ、ごめんね!つい夢中になっちゃった。

     じゃあ、また明日♪お腹いっぱい食べてきて~」


柳瀬:「いえいえ、すげー楽しかったです!

    はい、また明日!」


後ろ髪がなくなるかと思うくらい引かれたけれど、「また明日♪」の言葉が僕の頭に木霊して足取りが一気に軽くなる。踊るように階段を駆け下り、夕飯の席に着く。

「・・・晴人、何かいいことあったの?」

さすがは母というべきか、はたまた女の勘なのか。「いいこと」の中身を確実に知っているかのような顔で僕を見る。しかしそこは、家族だからこそ超えられぬ壁といものがあるのだ。たとえ今の僕から幸せがだだ洩れしているとしても。

「え?別に普通だけど?」

「ふーん」

母さんにはそんな壁さえも肘掛けにしてこちらを見下ろされている気がしたけど、何でもないという顔をし続けた。

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