第33話

午前中の授業は生きた心地のしないまま受けた。そして自分至上最速で給食を食べると、走りたい気持ちを抑えて、変だと思われないギリギリの速度で音楽室へ向かった。でも最後の階段は勢い良く二段飛ばしで駆け上がった。お腹が痛くなるくらい急いできた努力も虚しく、どこを探しても見つからなかった。掃除が始まる前に何としても取り戻して、誰かの手に渡ることは避けたかった。僕の知らないところで、大勢のいる教室の中で、もし何も知らない誰かがあの小瓶の中身を振りまいてしまったら。考えただけでも頭が痛い。あの液体の効果を知らないからこそ余計に危ないのだ。

可能性は低いけれど、一縷の望みをかけてもう一度制服のポケットをしらみつぶしに探してみた。しかし結果は同じだった。ハンカチと、はるかさんのメモ。

「これが最後だって、思ったのに」

あの人を振り向かせられるなら、 僕はそれ以上の幸運なんてないと思えた。あの人に会えるのが嬉しくて、楽しくて、正直なところ惚れ薬のことはすっかり忘れてしまっていた。今回のことはその報いなのかもしれない。とにかく時間を見つけて探さなくちゃ。はるかさんとの関係を崩さないためにもできるだけ早く。

半分幸せな気持ちで、半分憂鬱な気分で放課後の部活に参加した。夏の大会が一通り終わり、長距離陣には駅伝シーズンに備えたメニューが徐々に組まれていたけれど、なんとなく身が入らずダラダラとこなした結果、逆に疲れてしまった。

「おい、柳瀬やなせ。お前なんだか覇気がないぞ?」

「え、あー、そうですか?」

「そんなんじゃメンバーから落ちるぞ」

「げっ」

追い討ちをかけるように新たな現実を付きつけられ、さらに身体が重くなった。

別に僕のところは陸上の強豪校でもなければ、部員がべらぼうに多いわけでもない。ただ、だからこそなのだけれど、短距離が専門だろうがフィールド競技が専門だろうが、冬になると基本的にスタミナ系の長距離メニューを全員が行うため、駅伝の大会にも部員総出で出場するのだ。この辺は雪もたくさん降るからいつも外で練習ができるわけではないけど、様々な方法で距離をこなし、身体を動かして準備する。そして駅伝はと言うと、一チーム五人が相場。今年の一年生はどんなもんかまだ分からないけれど、200mが専門のくせに3kmや5kmでなかなかいいタイムをたたき出す奴がいたりするから、そうなると僕みたいな底辺の中距離専門はメンバー落ちのデットラインに立たされた気分で発表まで冷や汗をかく羽目になるのだ。結果的に夏から秋の練習が効いてくるので落ちることはそうないが、やっぱりちょっと焦ってしまう。

「ま、忙しいだろうが頑張れよ」

「はーい」

「何が忙しいかは、聞かないけどなー」

意味ありげに笑顔を浮かべる先生に、僕もとぼけたような半端な笑みを返しながらそそくさと更衣室へ向かった。はるかさんとのことがあってからはすっかり落ち着いたが、ちょっと勢いに任せすぎたようで、人生初の浮名を垂れ流してしまった。

「はるかさんの耳に入ってないといいけど・・・」

とにもかくにもあの小瓶を見つけなくちゃ。

しかし今日はひとまず早く帰らなければいけない用事があるじゃないか。はるかさんに連絡するという最大かつ最高のミッションが。そう思うと、背筋が伸びて元気が漲り、帰り支度もあっという間に終わった。

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