第40話

反射的に頭に浮かんだ言葉が口をついて出そうになるのを、グッと飲み込んだ。僕が鈍感なだけで、傍から見れば誰が誰を好きらしいってことは意外と分かりやすいんだろうか。やっぱりモテる男は違うってこと?焦ってしまって余計なことばかり頭の中に溢れて反応が遅くなる。

「あれ?心当たりあり?」

「いやいやいや!そんなんじゃないから!」

「これはあるぞ」

二人の目の色が変わる。僕はひたすら否定したけれど、じっくり話を聞かせてもらおうとか何とか理由をつけて、半ば連行されるような形で三人で自主錬をする公園へ向かった。何だかんだ言ってひかる航太こうたといると楽しいし、ただ、その半面で早く帰って悠さんに連絡したいし、木下の話題はあまりよろしくない。というか想定外だ。

どうやって誤魔化そうか。


「さて、晴人はるとくん。何があったのかな?」

「だから何もないってば」

「へいへいへ~い、俺は女心の分かる男だぞ?なぁ、航太」

「知らん。だが、晴人の様子がおかしいことは同意する」

「何だよー!そりゃこないだ振られちゃいましたけども!」

光が冗談めかして自虐に走る。もうすっかり吹っ切れているのか、その顔は明るかった。僕はその様子に思わず安堵し、僕はにこにこして聞いていた。しかし、航太の表情がみるみる強張る。

「おい、待て。振られたって・・・夏に言ってたあの話か?」

「そうそう、そうなんだよ~。ありゃ言ってなかったっけ?」

「俺は聞いてない」

航太は僕の方を窺うような目で見た。つい目を逸らしそうになる。それに気付いたのか、光も自然と僕を見るもんだから、逃げ場がなくなってしまった。

「え~っと、確認しよう。晴人から聞いてるかと思ってたんだけど、違うんだ?」

「先に聞いたのか」

光の言葉を無視するように航太は僕に向かって聞いた。明らかにトゲがある。約束を破ったことへの怒りが滲んでいた。

「ごめん・・・」

「ちょっとちょっと、俺置いてけぼりなんですけど!何で晴人が謝ってんの?なんで航太は怒ってんの?」

航太は黙って僕を見ていた。お前が話せと言わんばかりに、ちらりと光に視線を移す。僕は仕方なく夏休み明けの練習から光の様子が気になったこと、そして本人が話すまで二人からは聞かないと密かに約束していたことを打ち明けた。

「それなのに、僕が勝手に聞いちゃったんだ」

そこからしばらく誰も喋らなかった。というより、光の反応を待っていたけれど当の本人がなかなか口を開かなかったのだ。自分の話から会話が途切れてしまうことほど気まずいことはない。まして、内容が内容だ。僕は心底居たたまれない気持ちだった。

「うーん」

光はまた腕を組んで、目をつぶって思案していた。

「二人にそんな心配かけてたのか。ほんとにごごめんな。申し訳ない」

そう言って深く頭を下げた。僕らは予想外の反応に慌ててしまう。

「そんな、光が謝ることないよ!」

「そうだ、俺が怒っているのは晴人に対してで、光は何も悪くない」

「いや、悪いよ。だってあんな風に告る宣言しといて、二人のことほったらかしてたのは俺じゃん?だから晴人ばっか責めんなって」

この状況で光が僕に加勢してくれたことがさらに意外で、感動すら覚えた。しかし、航太は食い下がった。

「でも、振られた光の気持ちはどうなる?整理がついてからの方が良いに決まってるだろ」

「あのさ、俺は友達から腫れ物みたいにされる方が嫌なんだけど」

一瞬の間があって放たれた言葉を裏付けるように、光の顔に苛立ちの色が滲んでいた。僕はどちらに加勢するでもなく自分から何か言うでもなく、ドギマギしながらただ突っ立っていた。もう少し言うと、光の表情というか纏っている空気が途中からちょっとずつピリピリしたものになっているのに気が付いて、その矛先が自分に向けられるのが怖かったのだ。

「俺のためみたいなこと言って、本当にムカついたのは自分の考えが否定されたってとこなんじゃね?」

「俺は約束を破るってことが大嫌いなだけだ」

「でも、その約束ってどうせ航太の考えオンリーだろ?自分が正しいって顔して言ってんのが目に浮かぶよ。今だって、整理がついてからの方が良いに決まってる?何で航太が決めんの?晴人や俺はいちいちお伺い立てなきゃいけないのかよ!」

「急にどうしたんだ、そんなことは言ってないだろ」

航太は戸惑いを隠せない様子だった。しかし光はその言葉が耳に入っていないかのように、喋り続けた。

「俺は振られた時、悲しくて切なくて何もかも虚しくてとにかく人生で最悪の気分だった。学校行きたくないし、大好きな陸上も楽しくないし、誰と話すにもテンション上がらないし、もうどうしていいか分かんなくて。でも時間が解決してくれるってあれ嘘じゃなくて、少し落ち着いてきたのは良かったよ。そしたら今度は変に時間経ちすぎて誰にもいえなくなった。俺のことなのに勝手なのは分かってる。言えないくせに聞いて欲しいなんて都合いいよな」

ふとトーンダウンしたかと思うと、光がちらと僕を見た。その目は少しだけ潤んでいるように見えた。

「だから、晴人から聞いてきてくれた時、俺すげー救われたんだ。可哀想な奴って思ってくれてかまわない。でも、俺のその気持ちまで頭ごなしに否定しないでくれよ」


今度は航太が黙り込んだ。いつもの冷静沈着で射貫くような強い眼差しがじっと僕らを捉えた。

「約束を破った晴人がお前の救世主で、約束を守った俺が融通の利かない悪者だと言うんだな」

「そんな言い方・・・!」

航太はそのまま僕らに背を向けて、公園を出ていった。


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