第52話

次の日部活が終わった後、一人で帰ろうとする航太こうたを半ば強引に引き留めた。

「航太、話があるんだ」

「断ると言ったら?」

「いいって言うまで離さない」

僕は航太の腕を掴んでいた手に力を込める。

「勝手にしろ」

不機嫌そうな顔は崩していなかったけれど、手を振り払おうとする素振りもなく、話は聞いてくれそうだ。

「ちょっと待ってて」

そっと腕を離し、今度はひかるを呼びに行く。駐輪場の方を見ると目が合った。僕らの様子を見ていたようだ。僕を待ってくれていたようだが、その顔は笑っていなかった。

「終わった?」

「光にも来て欲しいんだ」

「は?どこに?」

「自主練してた公園で、航太と光と僕で話がしたい」

「どうしても?」

「どうしても」

しょうがないなとでも言うように肩をすくめ、ため息をつくと困ったように笑った。

「わかったよ。でもあいつと一緒に行くのは、ちょっと勘弁な」

光は一足先に自転車に乗って校門を出ると、彼の家とは逆方向の、公園のある方へと向かっていった。その後姿を見送りつつ、航太にも公園で話したい旨を伝える。すると航太も一人で行くと言った。少し寂しかったけれど、今は僕らがきちんと向き合える場に揃うことが大事なんだと言い聞かせ、了承した。とはいえ僕も内心ほっとしていた。道中ずっと無言なんだろうと思っていたから。

それも今日で終わりにするんだ。

自分のせいで二人がいがみ合うのなんてもう見たくない。


いつもの道とは別のルートで公園へ向かう。早く三人で仲直りしたい気持ちと、上手く伝えられるか不安で逃げ出したい気持ちとがせめぎ合っていた。立ちこぎで自転車を飛ばしたい衝動とそれを押しとどめようとする心。しかし、僕が変わらなければ。自分を奮い立たせようと力強くペダルを踏んだ。

公園に着くと、光がベンチに座って待っていた。軽く手を挙げ、無言の挨拶を交わす。隣に座るが、お互い話はしないまま航太が来るのを待った。いつもくだらない話をしながら、時間はあっという間に過ぎていく。なのに今日はそうもいかないようだ。体感としてはもう来てくれないのではないかと心配になってしまうくらいには、待っている気分だ。


諦めかけた時、入口の方から足音がした。見ると、航太が自転車を押して入ってくるところだった。僕は思わず立ち上がる。

「遅くなった。それで、話って・・・・」

「航太、ごめん!!!」

僕は航太の言葉が終わるまで待ちきれず、まっすぐ頭を下げた。

「僕のことを許してなんて、もう言わない。僕のことは嫌いでもいい・・・それくらいのことをしたんだって、受け止める。でも、光とはもう仲直りして欲しいんだ。そもそも二人が喧嘩する必要なんてない。僕の無責任な行動のせいで、二人の仲がこじれたままなんてもう嫌なんだ。二人とも、大事な友達だから・・・お願い」

頭を下げたまま一気に言い切った。でも、どんな顔をしているのか見る勇気がなくて顔が上げられない。

「お前、お人よしだな」

予想外の言葉に恐る恐る顔を上げると、とても穏やかな表情だった。

「俺も意固地になっていたところがあった。すまん」

今度は航太が僕に頭を下げていた。謝られるなんて全く予想していなくて、言葉が上手く見つからない。そうこうしているうちにゆっくり顔を上げた航太がまた話し出した。

「自分でもあんなに怒ることじゃないと、後になって思ったんだが引っ込みがつかなくなってしまった。ただ、あの時感じた怒りや悲しみが、なかなか消化しきれないくらい深かったのも事実だ。今なら晴人の気持ちも分かるし、俺こそ人任せにしてしまっていたんだ。俺はまた三人で陸上がしたい。・・・いいかな?」

「そんな、もちろんだよ。ありがとう」

「ちょっと!二人だけで友情深めないでくれる?」

「光、あの時は本当に」

「ストップ!今度は俺に言わせて。あの時はほんと酷いこと言ってごめん。売り言葉に買い言葉っていうか、思ってもないこと口走って傷つけた。ごめん!」

「これで、恨みっこなしだな」

ああ、この感じ。久しぶりだ。いつの間にか二人は笑っていた。

「はぁ~、良かった・・・・」

僕はベンチに座り込んだ。安堵で力が抜けてしまったのだ。そんな僕を見て、二人は遠慮なくまた笑った。

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