第51話

惚れ薬なんて持ってていいものじゃない。

僕なんかが使っていいものじゃない。

すぐにでも元に戻す方法をあのおばあさんに聞きにいかなければ。そう思ったものの明日も学校がある。仮病を使って休んで神社へ行くことも考えたけれど、そんなことしたらそもそも家から出られないし、学校をさぼったところでやっぱり面倒なことになるから一先ず学校へは行くことにした。

しかし、授業中は心ここにあらずといった状態で、理科の実験でも危うくフラスコを割りかけた。時間は僕を試すかのようにゆっくりと過ぎていき、焦りばかりが募っていった。なんとか授業を乗り切り、部活は具合が悪いと言って初めて休んだ。連絡は同じクラスの陸上部の女の子に頼んだ。光にさえ顔を合わせる勇気がなかったし、今日一日の僕の言動を察してか深くは聞かずにおいてくれたことが、今は何よりありがたかった。あの夏の日以来訪れることのなかった小さな森のような神社へ、僕は走った。


十二月に入り寒さは日に日に増すばかりだったが、神社はあの時と変わらず緑の葉に覆われ、まるで結界を張っているかのような佇まいだった。稲を刈りとって薄茶色になった田んぼが一面に広がる寒空の下、そこだけが生命力に満ちていた。

中に入ると、空気が澄み切っていて寒さが頬に突き刺さる。薄暗い境内を進んでいくと、以外にすんなりお社まで辿り着いた。犬に追われて来た時は上も下も葉っぱだらけですごく苦労した気がするけど、流石に草は枯れてしまったんだろう。

「すみませーん!誰かいませんかー?」

お社の裏手にある、こじんまりした祈祷所なのか物置なのか分からない建物へ声をかけるたが返事はない。それでもめげずに声をかけ続けた。

「巫女のおばあさーん!いませんかー?」

「おばあさんは余計じゃ」

「うわあっ」

おばあさんはまたもや竹箒を持って、僕の後ろに立っていた。そして僕の顔を見るなり、こう言った。

「あれほどに軽はずみに使うなと言ったに、あんた何人も使っただか?」

「ごめんなさい、あの」

「言い訳は聞かんでね」

返す言葉もなかった。頭が真っ白になって、項垂たなだれるしかなかった。

「まぁ、こうして泣きついてきてるっちゅうことはちったぁ反省してるんだろ」

長い沈黙の後、ため息と共にすべてを見透かしたかのようにおばあさんは教えてくれた。

「簡単だよ、桜色の方を自分にたっぷりかけな。あとは残りを緑色の薬と混ぜりゃそいつはただの水になるから捨てるナリなんなり処分するんだね」

「それで、元に戻るの・・・・?」

「惚れ薬の効き目はな」

肩の力がどっと抜けて、気づいたら泣いていた。

「おばあさん、ありがとう!」

「まったく。ほれ、暗くなる前に帰りな」

僕はまた走って家に帰った。そして着くなりおばあさんの言われたとおりにした。まだ実感はないけど、これで一つ軌道修正ができた。でもこれからが正念場だ。はるかさんに、何もかも打ち明けて気持ちを伝える。東堂とうどうさんにも謝りたい。ただ、その前にどうしてもしなくちゃいけないことがもう一つ。あの神社で始まったもう一つのこと。

航太こうたひかるとの仲を元に戻す。

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