第10話

小瓶にはワインのコルクのようなものではなくて、押すと霧状になって出てくるタイプのものにプラスチックの蓋がついている。香水みたいなものだと言っていたし、飲めとも言われてないし体につけれはばいいのかな?香水の知識は全くと言っていいほどないけれど、首とか手首とか体温の高いところにつけるのが良いと何かで見た。

おばあさんに言われた通り、緑色の方をむき出しになっている手首に吹きかけてみる。

「・・・?」

くんくんくん。

もう一度同じ場所に吹きかけた。

「無臭?」

キャップのようになった瓶の蓋をとって直接嗅いでみたけれどこれと言った匂いはしなかった。

ゆっくりと蓋を閉め、小瓶を床に放り出してベッドに勢いよく仰向けになった。

「はぁ」

誰も見ていないけれど、誤魔化すみたいな大きな溜息。

目を閉じて何も考えまいと努めたけれど、おばあさんとのやりとりやさっきまでの自分の行動が、繰り返し頭を廻る。頭をぶんぶん振って忘れようとしても消えてくれない。

次第に恥ずかしさがふつふつと怒りへと変わった。

やっぱりあのおばあさんは僕のことをからかってたんだ。きっとお参りしているほ僕に声をかける前に、犬から逃げてきてあの境内に入ってきた所から見ていたんだ。その時の情けない顔を見て、ただの冴えない中学生だと思って、だから鈴を鳴らしてお参りしてる時にゆっくり声をかけてきたんだ。不良じゃなくて逆上される心配もない奴だって分かってから。

天井を見つめながらそんなことを考えた。

「何も知らない中学生をぬか喜びさせて失敗する姿を楽しむつもりだったんだろうけど、惚れ薬なんて子供だましに引っかかってたまるかよ」


自分で口に出してみて、心底いたたまれなくなった。全部本当のことじゃないか。おばあさんが悪いんじゃない。同級生に負けて、肝試しよろしく鬱蒼とした小さな森の中にある神社へ行き、そこで天敵に遭遇して一目散に逃げた。怪しげな小瓶をもらった後でひかるの告白宣言を聞いてまんまと使おうとした。


「あぁーあ、馬鹿みたい」

大の字に広げていた腕を頭の下に持っていく。

「ん?何の匂い・・・?」

まさか。

慌てて手首に鼻を押しつけた。

「シトラス系の香り?でも少し甘い気もする?」

かすかではあるけれど確かに何とも言えない香りがした。

もしかして、やっぱり本物?

あのおばあさんは天使か悪魔か?


はるー!ご飯ー!」

1階から母さんの声がした。何も考えずに香水みたいなものをつけてしまったことを少し後悔した。まだ夕飯もお風呂も済ませていない。ほんのちょっとの香りとは言え何故か母さんには分かってしまうことがある。夏休み真っ直中に息子が色気付いて香水を、なんて思われるのは耐えられない。

晴人はるとー?聞こえてるのー?」

「今行くよー!」

一旦ふき取ってしまおうと、急いでベッドに置いてあるタオルケットに手を伸ばすす。

その時、ピンクの小瓶が目に入る。


待てよ。

この状態で家族が何の反応も示さなければ、逆にこの惚れ薬は本物ということになるんじゃなかろうか。

「こうなったらもうどうにでもなれだ」

半ばやけくそ気味に意を決して、僕は階段を降りて食卓へ向かった。

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