第11話

謎のおばあさんからもらった惚れ薬の効果を試すタイミングを見つけられないまま、僕は地区大会に向けた練習に明け暮れていた。

今回の地区大会は全国への切符をかけた予選会であり、一年で一番大事な大会だ。

1年の頃は決勝にもいけなくて、家に帰って泣いた記憶しかない。スポーツで負けてあんなに悔しいと思ったのが初めてで、来年はもっともっと早くなって絶対見返してやると強く心に決めて練習に打ち込んだ。でも自分の実力は分かっているから、さすがに全国を目標に掲げるのは無謀な挑戦と言っていい。これは悲観でもなんでもない。ただ、現実を受け止めているだけ。だからまずは県大会を目標にとにかく全力を尽くそうと必死に走った。

自分でも少し驚いているけれど、入学当初僕がここまで部活に熱心になるなんて思いもしなかった。なんといっても動機が不純だった。運動部に入れば女の子にモテるかな、なんて軽い気持ちで入った陸上部が予想以上に肌に合っていたのは幸運意外の何ものでもないと、時々思うのだ。目下その不純な目標は果たされていないけれど、せめて全うな目標だけでも達成したいなと思えるほどに、この部が好きだった。


大会前最後の練習は、調整のための軽めのメニューだった。なんとなく皆そわそわしているような独特の緊張感の中で練習を終え、いつもより口数も少ない気がした。

全員着替えを済ませ、帰りの挨拶をするため一列に並んだ。まず部長が明日の大会についての連絡事項と激励の言葉をくれる。

「明日は7時に競技場に集合してください。ユニフォームやランシュ、スパイクを忘れないように、もちろんピンも変えておきましょう。・・・後は、全力で跳んで、走って、投げて、悔いだけは残さないように。以上です」

そして高橋先生が最後にこう言った。

「勝とうと思わず、楽しんで来い」



大会当日。

いつもより早起きして、おにぎり、軽食、スポーツドリンクをリュックに詰め込み軽めの朝食を済ませた。今回は朝から中・長距離の予選が入っているので、しっかり食べてしまうと逆に身体が重くなったり走りに支障が出る。そのあたりも自分で考えて適当な時間に少しずつ食べるのだ。

大会の朝は決まって頭と身体が別々に動いているような不思議な気持ちになる。冷静でいようと身体をほぐしていても、頭の中は自分を鼓舞する声や目に入ってくるものを連呼する声で、ひどくやかましい。競技場まで車で送ってもらっている道中、ぼんやりと窓の外を眺めながら鳴り響くままにまかせた。

会場に着くと先生や何人かの部員がすでに入り口に集まっている。他校の生徒も含め学校とは違う雰囲気に、まるで遠足の日の朝のような、妙な高揚感に包まれていた。全員集まったところで朝礼を済ませ、足早にテントの設営に向かった。

「谷川、青柳、柳瀬!お前ら荷物置いてすぐアップ行っていいぞ」

「はい」

朝一番のレースは9時。僕らの走る男子1500mだ。大会の時は2時間前にアップや練習をして、1時間前に招集しょうしゅうという出場選手の出欠確認がある。これに行かないと棄権になってしまう。僕らは集合の時点ですでにアップの時間が来ているという慌しいスケジュールだ。ブルーシートにいらない荷物を放り出し、サブトラックへ急いだ。

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