第9話
おばあさんと別れて、境内の裏へ抜けて森を出ると手持ち無沙汰な2人が待っていた。
「
「ごめん、ちょっと迷っちゃって」
「ガラガラいう音がしてから時間がかかり過ぎだ。
どうやら犬に遭遇した時の絶叫は聞こえていなかったようだ。そっと心の中で胸をなで下ろす。ただ、境内に着くまでに迷ったという言い訳ができなくなったのは痛い。
光が急かすように僕のエナメルバッグをペットボトルでつついた。かすかにガラスが触れ合う音がする。
「こ、今度こそ2人に勝てますようにって、大会のこととかお願いしてたんだよっ!」
「それなら仕方ないか」
「えー、航太納得しちゃう?大会のことはマストだけど、ついでに一夏の思い出を!とかお願いしてたんじゃないのー?」
どうしてみんなこうも図星をついてくるんだろう。それがまさに図星な自分が悲しいけれど、僕だって好きな人とお祭りに行って花火とかして、一緒に図書館で勉強したり、部活帰りに自転車押して照れながら並んで歩いて帰ったり、したい。それを素敵な夏の思い出と決めつけて、それが出来ないことに負い目を感じさせる、世の中を呪って僕には僕の夏があると、強がる道もある。でも、きっとその夏のど真ん中を集めたような経験はサイダーみたいにあまくてシュワっと弾けて、クセになるくらい魅力的なものなんだと思う。好きな人がいればなおさらその人と特別な時間を過ごしたいと思うのは当然のことで。そう、好きな人がいれば。
「光は、どうなんだよ?」
「俺?うーん、そりゃあ、まぁ、ね?」
「はっきりしない奴だな」
急に話題の矛先が自分に、しかもそれが色恋沙汰となるとさすがの光も動揺していた。ただ、3人の中で最も女の子に近いのは間違いなくこいつだし、純粋に聞いてみたかった。航太まで乗ってきたのは予想外だったけれど、いつも部活の話ばかりでこんな話になるのはもしかしたら初めてかもしれない。
沈黙が続き、僕と航太は光の言葉を待った。
少し空気が変わった。
「誰にも言わないって約束できるか?」
「うん」
「もちろんだ」
光が神妙な面もちで、深呼吸した。
「良い感じになってる子がいて、お祭り誘って、告白しようと思ってる」
*
家に帰って、鞄を開けるとピンクと緑の小瓶が、やっぱり入っていた。
「告白、かぁ」
小瓶を蛍光灯に透かして振ってみる。鮮やかな緑が視界に広がり揺れていた。
照れくさそうに話す光を見て、胸がざわついた。尊敬、羨望、高揚、様々な感情が僕を飲み込んだ。まだまだ自分には先の話だと思っていた事がすぐ近くで起こっている。まるで芸能人を目の前にしたかのように興奮してしまった。
「今の僕になら、なれるかな。ちょっとズルいけど」
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