第38話

東堂とうどうさんの後ろを付いていく形で五分ほど歩いただろうか。雰囲気の良い喫茶店へ入り席に着くと、すぐにパリッとしたベストを着こなしたウェイターがおしぼりとお冷を持って来てくれた。メニューを見て少し財布が不安になったが、東堂さんは何のためらいもなくそのまま紅茶とチーズケーキのセットを頼んだ。僕が慌ててメニューをひっくり返していると、優しいウェイターがおススメを教えてくれた。ちょっと恥ずかしかったけど彼女と同じ紅茶と、そのガトーなんちゃらというケーキにした。

「急にお呼び立てして申し訳ありません。学校ではなかなかお話することができなくて」

「いえ、僕は別に・・・今日は暇ですし」

「そう、なら良かったわ」

会話が途切れる。まずい。ここまでいいとこなしな上に、何だか失礼なことをしている気がする。何とか話を・・・。

「あの、なんで僕のこと知ってたんですか?」

「なんで、というと?」

「何て言うか、学年も違いますし接点ないので。あの時はたまたまぶつかっちゃいましたけど・・・いや、申し訳ないと思ってます、もちろん」

「お待たせいたしました」

この上なく情けないタイミングでウェイターが紅茶とケーキを持ってやって来た。

「ありがとう」

「ごゆっくりお過ごしくださいませ」

運ばれてきた紅茶は、今まで嗅いだことのないほんのり甘いような香ばしいような、とにかくいい匂いだし、ケーキもシンプルで男の僕でも遠慮なく食べられそうだし、何より美味しそうだった。陸上部の連中とは当然こんなところに来たこともなく、そんな僕をよそに東堂さんは慣れた手つきで砂糖やミルクで自分好みの紅茶を作っていく。改めて住む世界の違う人なのだと感じさせられる。

柳瀬やなせくん、お砂糖は?」

「あ、いただきます」

一通り紅茶のセッティングに精を出した僕らは、そのままケーキに着手した。

「・・・うまっ」

思わず声をもらした僕を見た東堂さんが、嬉しそうに笑った。ここへ歩いてくる最中や着いてからもずっとポーカーフェイスだったのに。不覚にも鼓動が早くなる。

「ここのケーキ、どれも美味しいの。お口に合ったようで何よりだわ」

そう言って自分もチーズケーキを頬張り、うっとりと味わってる。ミス・パーフェクトが実に美味しそうに、幸せそうに甘いケーキを食べる姿がちょっと可愛く見えてきた。

「柳瀬くん」

「はい?」

「私が笑う度に驚いた顔しないでくださる?」

耳を真っ赤にして非難の目を向けられても、今となってはあまり迫力がないが確かに失礼な話だ。

「すみません。冷静沈着な生徒会長ってイメージがあったので、なんか新鮮で」

「私だって、笑ったりおしゃべりしたり、ケーキだって食べます。それに・・・」

ますます耳を赤くしながら、うつむいてしまう。

「あの・・・」

「普通の女の子みたいに男の子と、デ、デートしてみたいの」

ここに来るまで、ノッポの僕より少し背が低いだけで女の子としてはかなり身長がある東堂さんを、カッコいいとさえ思っていた。さらにこんな老舗っぽい喫茶店でも物怖じせず振る舞い上品なワンピースを着こなす大人な彼女も、やっぱり女の子なのだ。


しかし、そんなことを思ったのもつかの間、また急に僕の方を見据えて話し始めた。

「なんで私が柳瀬くんを知っていたのか、聞きたがっていたわね?実はあの後すぐに小瓶を返そうと、何度もあの廊下へ行ってみたの」

「でも、あの日から一度も会ってない、ですよね?」

「ええ、おっしゃるとおりよ。でも、何と言えばいいかしら、その、気が変わったの」

いつの間にか、その手に小瓶が握られピンク色の液体が揺れていた。僕は反射的に椅子から腰を浮かせて、小瓶に手を伸ばす。しかし無情にも彼女は僕からそれを遠ざけた。

「なんで・・・?」

「この小瓶があなたとの唯一の接点。だから、使わない手はないと思ったの」

さっきまでのしおらしさが嘘のように、僕が知っている強気な生徒会長に逆戻りしてしまっている。どうしてこうなるんだ!

「そんな!十分接点はできたんだから、返してください」

「まだよ。もう少し私と、デ、デートしなさい!」

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