第37話
土曜日。九時三十二分。松木駅。
「なんでこんなことに・・・」
数日前に生徒会長に呼び出され、惚れ薬が入った小瓶を返してもらって終わりのはずが、小瓶はまだ彼女の手元にあるどころが休日に二人きりで会うことになった。しかも僕が住んでいる地域では一番栄えている場所で、がっつり遊びに行こうと思ったらここしかないってくらいド定番の、つまりデートも然りなこの町で。でもあの小瓶を返してもらうには僕に選択肢などないに等しく、こうして言われて通り来てしまった。僕の家の最寄り駅からは三十分かかる上に、電車はだいたい一時間に一本しかないからちょうどいい時間のがなくて、案の定早く着いた。とはいえ
僕は、待ち合わせをするんだからと生徒会室で渡されていた、連絡先を書いた紙を取り出し、メールしてみることにした。
件名:
本文:こんにちは、柳瀬です。
少し早く着いちゃったんですけど、どこで待ってればいいですか?
我ながらそっけないない気がしたが、先輩だしこんなもんかなと思いそのまま送信ボタンを押す。ケータイをしまいながら改札がよく見える壁の方へ移動する。寄りかかって待っていると、すぐに尻ポケットが振動した。
件名:東堂です。
本文:お待たせしてごめんなさい。
もうすぐ着きますので、お
電車じゃないの??
予想の斜め上をいく返信に驚きつつ、改札を離れ階段を降りて外へ出た。送迎の車やタクシーが行きかうロータリーの近くでぼんやりしていると、ほどなくしてピアノみたいに黒くてピカピカした車が停車した。そして、まさかとは思ったが後部座席から優雅に降りてきたのは女性。東堂さんその人だった。
「お待たせしてしまいましたね」
深いブルーのワンピースにクリーム色の薄手のカーディガンを羽織り、少しだけヒールのある靴を履いた彼女はとても大人っぽくて、綺麗だった。高級車で颯爽と現れたミス・パーフェクトっぷりに度肝を抜かれ、言葉を失った。
「・・・変かしら?」
東堂さんが不安そうな面持ちで自分の背中や足元をそわそわと確認する。それに合わせてふわりと揺れるスカートを見て、僕は我に返った。仕方なく来た手前、見惚れていたことを認めたくはないが、やられた。
「いえ、すごく似合ってます!僕てっきり電車で来るもんだと思ってたからびっくりしちゃって、その」
「本当?」
そう言って花が咲いたような笑顔で見上げてきた。僕はこの人のことをあまりよくは知らないけれど、少なくともこんな顔で笑うなんて想像してなかった。これは今まで惚れ薬を使って会ってきた女の子たちと同じ、幸せに満ちた笑顔だ。もしや。
僕が色々戸惑っていると、急に東堂さんが一歩下がった。
「立ち話もなんです。喫茶店にでも行きましょうか」
すると僕の返事も待たずにくるりと背を向けて歩き始めた。
僕、変なこと・・・してるな。きっと今日のこと考えてお洒落してきてくれたんだろう。それなのに気の利いたことも言えずにおかしな反応しかしてない。
怒らせちゃったかな?
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