第6話

絶体絶命。

犬相手に大げさな、なんて言う奴もまとめて僕の敵だ。


草むらから顔を出したのは、毛が短くて可愛げのない、いかにも強そうな大型犬。

こいつも首輪をしてるから飼い犬だろうか?

でも油断はできない。

ちょっとでも隙をみせてしまえば襲ってくるに決まってる。

「怖くないからな!!お前なんか!!飼い主におやつもらって尻尾振ってるんだろ!?」

腹の底から声を張り上げる。

急に大きな声を出せば驚いて少しは怯むだろ。


しかし予想に反して犬が唸り声をあげ始めた。

「何だよ!?怖くないって言ってるだろ!!!あっちいけよ!!!」

声を張り上げれば張り上げるほど、犬は敵意を剥き出しにして今にも飛び掛らんと姿勢を低くする。

このままでは本当に襲われてしまうかもしれない。


逃げるしかない。


そう決心した僕は、しばらくその犬を見据えたままゆっくりと後ずさり、じりじりと距離を離していく。

そして犬の表情が揺るんだ一瞬の隙を見逃さなかった。

僕は一気に振り向き、脱兎の如く走り出した。

犬に勝てるか分からなかったけど、僕だって陸上部だ。

すぐ後ろでガウガウ吠える声が聞こえる。追いかけてきた。

垂れ下がっている柳のような葉が顔に当たる。少し痛い。

犬の声はまだ近い。

何でだ?怒鳴り散らしたのが、逆効果だったのか?

そういえばあの時も、追い払えなかったっけ・・・。

ぼこぼこした地面に足をとられそうになりながら、僕は必死に走った。

だんだん草木の密度が濃くなってきた。

ほとんどかき分けながらひたすら走った。

草のぶつかり合う音がうるさかった。



突然、音が止んで僕の体は解放された。先ほどの薄暗さから一転、夏の日差しがこぼれてきて、まぶしさに一瞬目が眩んだ。見上げるとはっきり空が見える。いつの間にか犬の声も聞こえなくなっていて、今度は蝉の声が聞こえてきた。急に暑さが戻ってきた。


目の前に賽銭箱と鈴のある拝殿がある。お社のある一番奥に出たらしい。

ここに来るまでの、参道と呼ぶべきか、通ってきた道とは打って変わって手入れが行き届いていた。少し開けた空間に小さな拝殿と本殿がぽつんと建っているだけだが、賽銭箱の前へ導くように石畳が敷かれ、その周りに雑草はほとんど生えていない。木は相変わらず生い茂っているけれど、お社とは絶妙な距離を保ち、慎ましくお守りしていますとでも言うような印象だ。小さな神社とは言え、どこか神聖な空気が流れていた。


「逃げ切れた・・・。出口どこだろ?いや、違う!鈴ならさなきゃいけないんだ」

犬との遭遇ですっかり目的を忘れていた。とんだ罰ゲームだ。

改めて息を整え、石畳の上を通って拝殿へ急いだ。財布から10円玉を取り出して、賽銭箱へ放り投げる。


ガランガランガラン・・・

お騒がせしてすみませんでした。犬はもうこりごりです。夏の大会ではいい結果を残せますように。あと、彼女が欲しいなぁ、なんて。


「ありゃま、珍しいお客が来たもんだ。さっきの叫び声はあんたかい?」


今度は後ろから、おばあさんの声がした。


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