第5話

ガサガサガサ・・・!

突然、後ろの方で何かが動く音がした。

驚いて振り向くと、伸び放題の草が一箇所大きく揺れた。

そして音と共に揺れる草は、ゆっくりではあるが的確に僕のいる方向を捉えているようで、少しずつ近づいてくる。


「お、おい!ひかるか?そ、それとも航太こうたか?早く出てこいよ!おどかし方がベタだって!」

僕の声は情けないことに震えていた。精一杯の強がりが逆に虚しい。でも内心ホッとしている自分がいた。元来怖がりな僕は薄暗い中をここまで一人で歩いてきて心細くて堪らなくなっていた。こんな子供だましの登場でも今は大歓迎だ。

晴人はるとすっげーびびってんじゃん!」「そんなことないし!」「すごい顔してたぞ。」なんて言いながら3人で夏の大会の必勝祈願をして、帰りにアイスを買って光のモテっぷりとか専門の話とかしながら帰るんだ。そうだろ?


しかしそんな希望が一瞬にして絶望に変わる。

ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・

あきらかに人間のものではない小刻みな吐息が聞こえた。

僕の天敵、犬だ。



臆病な僕が今までで一度だけ、人助けをしたことがある。あの時ほど勇気を出したことは、とりあえずまだない。

幼稚園の頃、たぶん4歳の時だったと思う。

新しく買ってもらった靴が嬉しくて近所を一人で散歩しているとどこかから犬の鳴き声がした。小さい頃とは言えもう野良犬なんて滅多にいなかったから、友達の家で飼われている犬しか見たことがなかった。だから僕は誰かが犬の散歩をしているのかなと思って声のする方へ行ってみた。お気に入りの戦隊ヒーローの靴を自慢したくて少し駆け足になる。家から少し離れたところの角を曲がった時、リードをつけていない大きな犬と小さな男の子が僕の目に飛び込んできた。首輪をつけていたから脱走したのか、はたまたそのまま野良犬になったのか分からないけれど犬と対峙した小さな子が飼い主ではないことは、今にも泣き出しそうになっている顔を見れば一目瞭然だった。

その犬は歯を剥き出しにして低い唸り声を上げ、恐怖のあまり動けなくなっていたであろうその子に向かって、動くなよと念を押すかのようにガウガウ吠えた。僕は反射的に逃げようとしたが、自分よりも小さい子を放っていくのはいけないことのように感じた。


今日の僕はいつもと違う。忍者レッドの靴を履いてるじゃないか。忍者レッドが困っている人を見捨てるわけないもの。


今考えればものすごい理屈だけど、その時は本当に無敵になれた気がした。

大人を呼ぶことも考えたが、その間に噛まれたりしたら大変だと思い手近な石ころと棒切れをつかんで大声で叫びながら犬めがけて突進していった。

「うわああああああああああ!!!!離れろー!!!!!」


まず面食らっていたのは襲われていた子だった。そして犬の方も変な奴が来たと言わんばかりにこちらに注意をむけた。

「うおおおおおおおおお!!!あっち行けー!!!!!」

犬は完全に標的を僕へと切り替えた。しかも逃げる様子はない。それでも僕はお構いなしに叫び続け、必死になって追い払おうと棒切れと石ころを振り回す。

犬も負けじと一層激しく吠え立てた。吠えるたびに鋭い牙が見え、僕は怖くて怖くてもう頭が真っ白になっていた。


結局騒ぎを聞きつけた親や近所の大人たちが来て、その場は収まった。犬は脱走癖のある飼い犬だったらしく、後日飼い主の人が家にお詫びに来た。

その時助けた男の子とはしばらく仲良くしていたが、ある日改まって僕に会いに来た。親の仕事の都合で次の日にはもう引っ越してしまうらしい。


「ゆう、僕のこと忘れないでね!」

「うん・・・」

「男と男の、約束だからね!」

「う、うん・・・」

「そうだ!これ、あげる!」

僕は大切にしていた忍者レッドの人形を渡した。

「・・・いいの?」

「もちろん!」

「ありがとう」


ヒーロー気分を味わえたものの、あの時の犬の恐ろしい顔は脳裏に焼きついて離れず、この一件から僕は犬が大の苦手になってしまった。

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