第19話

待ち合わせをしていた本人の登場に驚きの表情で返してしまった。友達を前にこんなことを言うのも何だが、がっしりした体格の航太こうたに見下ろされると大男が現れたような迫力があった。

「お前までぼんやり考え込んで、どうかしたのか?」

「いや、僕は別に何も。お前もってことはもしかしてひかる?そういえば一緒じゃないの?」

航太は首を横に振った。僕を誘った後、当然光にも声を掛けたけれど用事があるからと断られたらしい。自主錬や遊びの誘いは光が言いだしっぺのことが多かったけれど、僕は余計な詮索も心配もしなかった。

野暮用ってやつかな。

そんなことを考えながら、気を取り直して2人で走った。

3人で走る時はいつもジョグとストレッチをする間は光が話の種を蒔き、僕と航太がそれにリアクションを返したりしながらのんびりと身体をほぐす。その日一番の大事件を聞かされて笑い転げることもあった。光と友達になってすぐに感じたことは、奴は本当に顔が広くて、廊下を歩けば誰かしら声をかけくる。そうして、あのクラスでは今日あいつがこんな寝言を言って笑われたとか、あっちのクラスで教科書と間違えてエロ本持ってきた奴がいるとか、常に新しい情報を惜しげもなく提供してくれる。これはひとえに光の人脈の賜物だと思う。そんな光に敵うわけもなく僕らは聞き役に回っていることがほとんどで、今日は航太と2人、時々言葉を交わしながら黙々と練習をこなした。人のことは言えないけれど航太は口下手というか寡黙というか、皆で集まって話していてもあまり自分から発言しないタイプだ。でも、僕みたいにのほほんと聞いて相槌を打ち、いざ話を振られたときに気の利いた返事ができないなんてことはなくて、大事なところで的確な意見を言える拠り所のような一目置かれる存在だった。

2人とも性格は全然違うのに、2人とも人望が厚い。僕見たいな平々凡々な人間がその両方と友達になれたことは本当にラッキーだと思う。光とは小学校が違ったから知り合ったのは陸上部に入ったことがきっかけだったけれど、実は航太のことは小学校の時からたぶん一方的に知っていた。同じ小学校で航太は男子の副児童会長だったのだ。もちろん学年は同じだから僕の存在くらいは知っていたかもしれないけれど、ずっと別々のクラスだったしずっと飼育委員だった僕は接点もほとんどなかった。でも、運動会では花形のリレー選手に選ばれたりクラスマッチで優勝したり、航太はいつも表舞台に立っているいわば憧れの存在で、しかもそれを鼻にかけない完璧君として有名だった。そんな奴と今こうして並んで走っているのが当たり前になっているのは素直に嬉しい。僕も変わったもんだと、このところの諸々の出来事が頭に浮かんできて、なんだか感慨深い。

しかし、僕らは自分たちの色恋沙汰について真剣に話したことがなかった。おふざけ程度に女の子の話をすることはあっても今回の光のような生々しいパターンは初めてだった。航太はまるで腫れ物でも触るかのような慎重さで見守っているけれど、本当のところはどう思っているんだろう?見た目はいかついけれど、運動ができる奴は例外なくモテる。航太ほどのスポーツマンが女子の口の端に上らないはずがない。


僕はもしかして、というかやっぱりこの眩しい経歴を持った友人たちのことをまだ何も知らないのかもしれない。

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